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クレデンザ1926×78rpmの邂逅 ゲルハルト・ヒュッシュ シューベルト『冬の旅』全曲 (1933)

Bach Kantaten_かふぇ あたらくしあ

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クレデンザ1926×78rpmの邂逅 ゲルハルト・ヒュッシュ シューベルト『冬の旅』全曲 (1933)

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今回はちょっとした大作を。 20世紀を代表するドイツのバリトン、ゲルハルト・ヒュッシュ(Gerhard Hüsch, 1901年2月2日 - 1984年11月21日)が1933年にロンドンとベルリンでレコーディングしたシューベルトを、そしてドイツ・リートを代表する歌曲集『冬の旅』全24曲をグレデンザ蓄音機で再生。 ピアノはヒュッシュにとっては絶対的信頼関係で結ばれたハンス・ウド・ミュラー。 手元にあるのは日本ビクター蓄音機社製の12inch×6枚、10inch×3枚の9枚組。幸いにして盤、そしてバインダー・ジャケットともコンディションがよい。 ゲルハルト・ヒュッシュは1901年にハノーファーで生また。 当時の歌手の多くがそうであったように地元で声楽、そして演技の勉強をし、ドイツの地方都市の歌劇場で経験を積んでいった。 その過程でヒュッシュには傑出したコミック・キャラクターの才があることが知られるようになる。その代表はモーツァルトの『魔笛』でのパパゲーノにおいて顕著であった。 1925年から1944年の間はベルリン国立歌劇場に数多く出演し、ドイツ国内の有数の歌劇場の他、ロンドンのコヴェント・ガーデン・ロイヤル・オペラ、ミラノ・スカラ座にも招かれている。 パパゲーノに加え、彼が得意とした役柄にワーグナーの『タンホイザー』でのヴォルフラムがあり、1930年と31年のバイロイト祝祭に出演し、アルトゥーロ・トスカニーニの下で演じている。 指揮者で言えば、ブルーノ・ヴァルターやサー・トーマス・ビーチャムがヒュッシュの才能を高く評価し、度々共演している。 そんなオペラでの活躍に加え、ヒュッシュはドイツ・リートの歌唱史においても、その名を深く刻んでいる。 少し前にヒュッシュの一世代上にあたる、同じくドイツを代表する、そしてベルリンで活躍したバリトン、ハインリヒ・シュルスヌスのドイツ・リートについて綴った。 シュルスヌスが19世紀のロマン主義的解釈、歌唱を継承した立場にあったのと比較すると、ヒュッシュのそれは彼が活躍し始めた1920年代という時代の風潮を直に吸収したもの、つまり新古典主義、即物主義(ザハリッヒ)なものということが出来よう。 テンポの自由な揺れ動きは少なく、直截的でどちらかと言えば早いテンポで進んでいく。それと相まって彼の明確なドイツ語の発音によって、活き活きとした、瑞々しい歌が紡ぎ出される。 こうしたヒュッシュの芸風は、更に下の世代であるハンス・ホッタ―、そしてディートリヒ・フィッシャー=ディースカウに継承されていく。 しかし、ホッタ―とフィッシャー=ディースカウ、二人の『冬の旅』がより理知的で整然としている(後者はセッション録音、ライブ録音、映像作品などを総合すると、13種類ほどの『冬の旅』を残しているので、包括的に語るのは無理があるが)のと比較すると、少しほど滑らかで丸みを帯びたヒュッシュの歌声は、シューベルトをより身近な青年作曲家として感じさせ、自らの死を意識する中でその気持ちを託したこの歌曲集のリアリティをより伝えているように思われる。 1933年、ヒュッシュ32歳、ミュラー28歳、そして、プロデューサーのウォルター・レッグに至っては27歳という若さ。 この3人だからこそ成し得た『冬の旅』。 全24曲、ごゆっくりお楽しみあれ。