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【北条氏政】なぜ、関東の当主は大坂へ上らなかったのか|天正十二年【大河】

べらぼう日本史の旅

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【北条氏政】なぜ、関東の当主は大坂へ上らなかったのか|天正十二年【大河】

6 298 просмотров · 8 дней назад
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天正十一年から十二年、大坂で秀吉の城と統制の場が立ち上がった二年間を、「上る側に回らなかった当主=北条氏政の視点」から描く歴史解説ドラマです。 北条氏政は、本当に「暗愚」だったのでしょうか。 近年の研究と同時代の記録をもとに、この二年間に秀吉から北条へ上洛を命じた文書が見つかっていないこと、上野国が講和で北条の「切り取り次第」と定められ厩橋・金山・館林・沼田がまだ決着していなかったこと、そして小牧・長久手で徳川と羽柴が対峙するなかで大坂へ上ることが何を意味したのかまで、 教科書では語られない天正十二年の北条氏政の実像を、漫画イラストによるドラマ形式で丁寧に解説いたします。 戦国武将や日本史がお好きな方は、ぜひ最後までご覧ください。 【目次】 0:00 オープニング 1:12 第1章 切り取り次第、と紙に書いてあった 4:01 第2章 石の運び方まで、決めてあった 7:31 第3章 渡らなかった城、渡さなかった城 12:21 第4章 支度を急げ、と書いた紙 15:14 第5章 内訳は、三つだった 17:30 第6章 深さの違う石垣 【本動画の主な参考文献・一次資料】 ・『兼見卿記』天正十一年九月一日条(『新訂増補兼見卿記』/大阪歴史博物館研究紀要 No.13)— 「自今日大坂普請之由申了」「石ヲ取人足・奉行人等數千人不知數」 ・天正十一年八月二十八日付 大坂築城掟書(大阪城天守閣 展示目録) ・『豊臣秀吉文書集』第二巻 一一三八号(天正十二年七月八日付・梶原政景宛「去月廿八日大坂へ納馬候」) ・天正十二年 北条氏直 軍勢催促状(太田越前守宛・愛知県西尾市指定歴史資料) ・天正十年十月 北条・徳川講和の取り決め(上野国は北条の「切り取り次第」/沼田の引き渡し条項) ・黒田基樹『北条氏政——乾坤を截破し太虚に帰す』(ミネルヴァ書房・二〇一八年) ・黒田基樹 編『北条氏政』(中世関東武士の研究 第二十四巻・戎光祥出版・二〇一九年) ・竹井英文『織豊政権と東国社会——「惣無事令」論を越えて』(吉川弘文館・二〇一二年) ・『豊臣平和令と戦国社会』(一九八五年・「豊臣平和令」概念の原典) ・『北条五代記』(寛永十八年刊)/『武者物語』(明暦二年刊)/『関八州古戦録』(享保十一年)— いずれも事件から数十年〜約百四十年後に成立した江戸期の記録として扱っています ・大阪城公式「豊臣石垣」コラム/大阪市公式(大阪城 豊臣石垣館・二〇二五年四月開館) ・太田市公式(史跡金山城跡)/沼田市観光協会公式(沼田城跡・沼田公園)/小田原市公式(小田原城跡 総構・小峯御鐘ノ台大堀切) ・EBSCO Research Starters「Hōjō Ujimasa」(英語圏の学術系レファレンス) 【ご視聴にあたって】 ・本動画は史料に基づく解説ですが、心情描写・会話の一部は創作・脚色を含みます ・イラストは時代考証よりも親しみやすさを優先した漫画表現です ・天正十一年・十二年に秀吉から北条へ上洛を命じた文書は、現時点で確認されていません。本編ではこの「史料の沈黙」を沈黙のまま示しています(「要求が無かったことの証明」ではありません) ・由良国繁・長尾顕長の抑留と、金山城・館林城が最終的に開くまでの時期には諸説があり、本編では月日を断定していません ・「惣無事令」は概念そのものが近年見直されており、本編では「北条が全国一律の法令に背いた」という枠組みを採っていません ・氏政自身が上洛について何を語っていたかを示す同時代の一次史料は確認されていません ・「汁かけ飯」の逸話と、天正十八年の小田原開城および氏政の最期は、本動画の主題ではありません ・コメント欄での誹謗中傷はご遠慮ください その時点でいちばん安い選択を選び続けることは、決定権を守る判断として正しかったのでしょうか。 それとも、安さを測っていた物差しのほうが、もう古かったのでしょうか。 あなたはどちらの読みを取りますか。ぜひコメントで聞かせてください。 🪭あわせて観たいおすすめ動画 「暗愚」とされた汁かけ飯は、本当に父の言葉だったのか    • 【北条氏政】なぜ、人と日を量り続けた男が「暗愚」と呼ばれたのか   和議はどちらから持ちかけたのか?織田信雄、天正十二年十一月    • 【織田信雄】なぜ、勝った側の同盟から先に降りたのか|小牧・長久手   ▼チャンネル登録    / @べらぼう日本史の旅   #北条氏政 #天正十二年 #小田原北条氏 #戦国時代 #日本史