長崎の離島でゲイとして育った僕は、30代の自分を想像できませんでした。
はりお。
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長崎の離島でゲイとして育った僕は、30代の自分を想像できませんでした。
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はりお。
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長崎の離島でゲイとして育った僕は、子どもの頃「30代の自分」をほとんど想像できませんでした。
男の人と付き合って、結婚して、一緒に歳を取る。
今では普通に送っている生活が、当時の僕には「自分にもあり得る未来」として見えていなかったんです。
今回は、ゲイ・LGBTQ+として育つことと、
「自分の未来を想像できること」について話しました。
僕は別に、子どもの頃から結婚したかったわけではありません。
むしろ苦しかったのは、
結婚するかしないかを自分で選ぶ以前に、
最初から社会の「標準的な人生」の外側にいるように感じていたことでした。
選ばないことと、選べないことは違う。
動画では、
・長崎の離島で「ゲイ」という言葉をどう受け取っていたか
・結婚が自分の人生の選択肢に存在していなかったこと
・異性愛規範(heteronormativity/ヘテロノーマティヴィティ)
・心理学の「可能自己(possible selves)」という考え方
・東京で初めて同性カップルの「その先」を見たこと
・LGBTQ+の可視性とロールモデル
・SNSが未来を見せる一方で、ヘイトまで可視化してしまうこと
・今では何気なく「うちの旦那」と言えること
について、自分自身の経験から考えています。
自分と似た誰かが生きている姿を見ることは、
単に「自分と同じ人もいる」と安心するためだけではなく、
自分の未来を想像するための材料になるのかもしれません。
未来がなかったわけじゃない。
ただ、見えていなかっただけだった。
みなさんは子どもの頃、
今の自分を想像できていましたか?
結婚、仕事、住む場所、人間関係、生き方。
「昔の自分なら、こんな人生になるとは思わなかった」ということがあれば、ぜひコメントで教えてください。
▼ 前回の動画
「男同士で結婚して6年。『同性婚』を意識しなくなりました。」
• 男同士で結婚して6年。「同性婚」を意識しなくなりました。
▼ Instagram
/ iamharrydesu
▼ note
https://note.com/hario_story
00:00 ゲイとして「未来」を想像できなかった
01:20 長崎の離島でゲイとして育つ
01:40 結婚が人生の選択肢にすらなかった
02:30 異性愛規範―社会の「標準ルート」
03:45 「選ばない」と「選べない」は違う
04:20 心理学の「可能自己」―未来のお手本
05:30 東京で初めて見えた同性カップルの未来
06:20 LGBTQ+の可視性とロールモデル
07:10 「うちの旦那」と言える今
08:45 SNSが見せる未来とヘイト
10:20 未来はなかったんじゃない、見えていなかった
12:30 10代に書いたゲイソング「I Miss Him」
#ゲイ #LGBTQ #生き方