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田田神社 / 唯浦の三穂明神 ( ショート動画 2025-10-27 )

神社と神話伝承地チャンネル

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田田神社 / 唯浦の三穂明神 ( ショート動画 2025-10-27 )

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出雲市美保町の田田神社(たた神社)ショート動画です。田田神社は日本海の唯浦(ただうら)の高台に鎮座する絶景の社です。「出雲國風土記所載神社399社」で非神祇官社  180番  田田社(ただのやしろ)と紹介されてます。古伝承によると平安末、能呂志浜にあった田田社が大津波で流出し、現社地に移されたとされます。昨年に一度行きましたが車を置く場所がなく不用意に駐車できないので参拝をあきらめた経緯があります(路線バスも通過) 参道への細い入口もわかりにくいのでご注意下さい。急な長い階段を上っていくと日本海の絶景が見れる素晴らしい神社でした。お詣りした後に地元のお母さんとお話をする機会があり、遠方からのお詣りについて丁寧なお礼をいただきました。好きな神社巡りさせていただき、かつお礼までいただき恐縮しました。感謝したいのは素晴らしい古社に来ることのできた私の方です!出会いに感謝します。ありがとうございました。 出雲國風土記名 :   田田社(ただのやしろ) 主祭神 :  美保津姫命(みほつひめのみこと) / 大国主神の后 境内外神社  :  大社  三徳荒神 神紋 :  丸に田 出雲市美保町  https://goo.gl/maps/ZbZK3EUVi532FtDi6 本動画    • 田田神社 / 唯浦の絶景 ( 2025-10-27 )   「出雲國風土記所載神社399社」の解説 秘境のような場所にある神社「雲陽誌」の楯縫郡の唯浦の項に三穂明神があり、「美穂津姫命をまつる、本社なし幣帛を立る、境内五間に七間祭禮九月十九日」とある。「出雲國風土記考證』には田田社として「唯浦の三穂明神であって、三穂津姫命を祀る。もと社があったが、何時代よりか社がなくなり、ただ幣帛を立て、まつる」とある。 古伝承では、平安末、能呂志浜にあった田田社が大津波で流出し、現社地に移されたらしい。 平田町から県道232号線で北に進み、野石谷入口で能呂志神社方面に進み、 能呂志神社を過ぎてさらに北に進むと県道23号線にぶつかる。 そこをさらに日本海方向に進み唯浦トンネルを通るとかなり険しい山道になる。 少し進んで海の方へ下りる道があるのでゆっくり進むと急な斜面の上に田田神社はある。 田田神社からみた唯浦は絶景である。 「島根半島四十二浦巡り」の掲示板より 『出雲国風土記』楯縫郡条の海岸記事に「唯浦」はみえないが、神社項に「田田社」が記されている。現在の「田田神社」、旧の「美保大明神」につながるのであろう。古く江戸時代初期の岸崎時照の『出雲風土記抄』には「楯縫郡只浦大明神」 とみえ、古代の「田田」の呼称を残していたことがわかる。しかし江戸時代中期の享保二(一七一七)年の『雲陽誌』では「たた」の名称を失い、「三穂明神 美穂津姫をまつる。本社なし幣帛を立る」とあるのみで、社殿もなくなる。 「美穂津姫」の名が今の美保町に活きていることは注意したい。江戸後期の『出雲神社巡拝記』でも「今は社なし」と報告されている。慶応二年に同社を参拝した小村和四郎は「脇石玉垣、神木あり」「東の海辺の山本に、本宮といいて古来社地あり、幣を指してまつる」と書き残している。明治になり社殿も整えられ、風土記名に復した。現在拝殿の扁額は「田田神社」となっている。 その他情報 https://note.com/flat_shrine/n/n42c61... https://shrineheritager.com/tata-shrine/