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【いかりや長介・志村けん】36年、一度も「面白い」と言わなかった師匠が、亡くなる3週間前にひとりで客席にいた理由

時代を語る声

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【いかりや長介・志村けん】36年、一度も「面白い」と言わなかった師匠が、亡くなる3週間前にひとりで客席にいた理由

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#いかりや長介 #志村けん #昭和スター 【いかりや長介・志村けん】36年、一度も「面白い」と言わなかった師匠が、亡くなる3週間前にひとりで客席にいた理由 36年間、いかりや長介さんは、弟子の志村けんさんに、「面白い」という一言を、一度も言いませんでした。 17歳で付き人になった志村さんは、やがて番組の主役になり、ある日、雑誌で「今のいかりやさんが面白いとは思わない」と語ります。その頃から、ふたりは同じコントに立たなくなりました。それでも2004年の2月、がんで入院していたいかりやさんは、誰にも告げず、ひとりで志村さんの舞台の客席に座っていました。亡くなる、3週間前のことです。 なぜ、いかりや長介さんは、最後まで、その一言を言わなかったのでしょうか。そして、言われなかったはずのその言葉は、どこに残されていたのでしょうか。 信頼できる資料のみに基づき、丁寧に紐解いていきます。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 📌 目次 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ オープニング — 2004年2月、客席のいちばん後ろに座っていた男 第2章「父に連れられて」— 4歳で母を亡くした少年が、浅草で知ったもの 第5章「笑わない父が、笑う夜」— 厳しい家で、テレビの前だけにあった例外 第9章「1968年、春」— 「バーカ、明日から行くんだよ」 第13章「土曜日の、夜8時」— 「オイッス」で、日本中が同じ方を向いた 第16章「ネタを、見せに行く」— いちばん緊張する相手、いちばん認めてほしい相手 第17章「東村山音頭」— 客席が割れた夜 第26章「雑誌に載った一行」— 活字になった、弟子の本音 第31章「ただ、足並みだけは」— 「あいつが合わせに来た」 第34章「2004年、2月の終わり」— 誰にも言わずに座った客席 第35章「鉛筆の走り書き」— 七文字の、最後の言葉 第46章「2021年6月26日」— 3200万円と、台座に刻まれた言葉 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 📖 参考文献・出典 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 1. いかりや長介『だめだこりゃ』新潮社、2001年 2. 志村けん『変なおじさん』日刊スポーツ出版社、1998年 3. 笹山敬輔『ドリフターズとその時代』文春新書、2022年 4. 文春オンライン「いかりや長介と志村けんの師弟関係の真実」2022年6月 5. 文藝春秋「追悼・志村けん 東村山と麻布十番を愛した『最後のコメディアン』の素顔」2020年 6. 週刊女性PRIME(2020年4月) 7. フジテレビ『ダウンタウンなうSP』(2016年1月放送) 8. 中日スポーツ「志村けんさんの“師匠”長さんとの『足並み』エピソード」2020年5月 9. デイリースポーツ「志村けんさん一周忌」2021年3月 10. 「女性自身」2004年3月16日号 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 🎙 時代を語る声 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 昭和から平成、令和へ—— 時代を彩ったスターたちの知られざる物語をお届けします。 音声と、心に響くナレーションでお届けする、ラジオ風ドキュメンタリーチャンネルです。 忘れられない名曲、心に刻まれた名場面。 しかし、私たちが本当に光を当てたいのは、その輝きの裏にあった、彼らの"内なる声"です。 騒がしい日常を離れ、静かな夜のひとときに、耳を澄ませてみませんか? ぜひチャンネル登録をして、一緒に時代の記憶を巡る旅へ、お出かけください。