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曹操はなぜ、漢中を捨てたのか【漢中の戦い】

三国志の転換点

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曹操はなぜ、漢中を捨てたのか【漢中の戦い】

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三国志の転換点
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曹操は、劉備より先に漢中を取っていた。四年のあいだ守り、自ら大軍を率いて戻ってきて、それでも捨てて帰った。 なぜ曹操は、一度手に入れた漢中を捨てたのか。 0:00 先に取っていたのは曹操だった 1:02 四年前、曹操が漢中を落とした日 3:43 劉備が動くまでの二年 6:41 夏侯淵が死んだ夜 8:49 曹操が来ても、動かない劉備 10:36 鶏肋 12:51 曹操が捨てたもの 13:44 三国志の転換点 ▼次回 曹操の魏は、この日に司馬氏の国になった【高平陵の変】    • 曹操の魏は、この日に司馬氏の国になった【高平陵の変】   ▼出典・参考文献 陳寿『三国志』武帝紀・夏侯淵伝・張郃伝・徐晃伝・杜襲伝・劉曄伝・張既伝・曹真伝・先主伝・法正伝・黄忠伝・魏延伝・楊洪伝・黄権伝 裴松之注所引『九州春秋』『傅子』『雲別伝』『資別伝』 房玄齢ほか『晋書』宣帝紀 ※唐代編纂 『三国志演義』第七十一回・第七十二回 ※演義 「鶏肋」の逸話は裴松之注所引『九州春秋』によるもので、『三国志』本文にはありません。 夏侯淵が戦死した場所を、蜀書側は「定軍山」、魏書側は「陽平」「走馬谷」と書きます。本編は蜀書側の呼び方を主に使い、この違いにも触れています。 漢中戦役の総兵力は正史に記載がないため、本編では兵力数の対比を行っていません。 定軍山ほか古戦場の現代の位置には比定上の議論があり、本編の地図は通説的な位置による模式図です。 音声: VOICEVOX Nemo #三国志 #歴史解説 #漢中の戦い