20261018礼拝メッセージ
安謝キリスト教会 ミッちゃんねる
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2026年10月18日 主日礼拝メッセージまとめ
題: 「主がお入用なのです」
説教者: 山城光男牧師
主要聖句
ルカによる福音書19章30~35節
「向こうの村へ行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばがつないであるのに気づく。それをほどいて連れて来なさい。…『主がお入用なのです』と言いなさい。」
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「主がお入用なのです」と言われる人生
イエス様がエルサレムへ入城されたこの出来事は、十字架へ向かわれる最後の歩みの始まりでした。
これは偶然ではなく、ゼカリヤ書9章9節の預言の成就です。
「見よ。あなたの王があなたのところに来る。…柔和で、ろばに乗って。」
王が軍馬ではなく、ろばに乗って来られる姿は、平和の王、救い主として来られることを示しています。
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① 神様は「用いられる者」を備えておられる
イエス様が選ばれたのは、まだ誰も乗ったことのない子ろばでした。
説教では「ろばは気性が荒く、人になつきにくい」と語られましたが、聖書自体はそのような性質について述べてはいません。
重要なのは、
「まだ誰も乗ったことがない」
神様のために特別に備えられていた
という点です。
普通なら誰の目にも留まらない一頭のろばでした。
しかし、そのろばは
「主がお入用なのです」
という一言によって、救い主を運ぶという特別な使命に召されました。
神様は目立つ人だけを用いられるのではありません。
誰にも知られていないような存在でも、
主が必要とされるなら、その人生には大きな意味があります。
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② 人は「必要とされたい」という思いを持っている
説教の中で、牧師先生が会社勤めをされていた頃のお話が紹介されました。
ある若者が工場へ来て、
「私は何をすればいいですか。」
と尋ねました。
何も経験がないため、
「まず一週間、仕事を見てみなさい。」
と伝えたそうです。
その若者の心には
「働きたい。」
「役に立ちたい。」
という願いがありました。
これは多くの人が持っている思いではないでしょうか。
人はただ生きるだけではなく、
「自分の存在には意味があるのだろうか。」
と問い続けます。
その答えをイエス様は与えてくださいます。
「主がお入用なのです。」
この言葉は、
私たち一人ひとりの存在価値を教えてくれます。
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③ 周囲には見えなくても、神様のご計画は進んでいる
ろばの役割は、多くの人には理解されませんでした。
しかし神様の計画の中では、欠かすことのできない存在でした。
同じように、私たちの働きも人から評価されないことがあります。
しかし、主はすべてをご存じです。
神様は一人ひとりに違う使命を与えておられます。
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④ マリアは十字架を見つめていた
ヨハネ12章1~8節では、マリアが高価なナルドの香油をイエス様に注ぎます。
ユダは
「それを売ればお金になったのに。」
と考えました。
しかしイエス様は
「そのままにしておきなさい。彼女はわたしの葬りの日のために、それを取っておいたのです。」
(ヨハネ12:7)
と言われました。
ここでいう「葬り」とは、間近に迫った十字架の死を指しています。
マリアはイエス様の語られることばを心に留め、十字架へ向かわれる主を信仰によって受け止めていました。
だからこそ、惜しみなく香油をささげたのです。
一方ユダは、お金に心を奪われていました。
同じイエス様のそばにいても、
十字架を見る人
自分の利益を見る人
とでは、大きな違いがありました。
マリアもまた、神様に用いられた一人でした。
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⑤ 私たちは「ろば」と「白い馬」の間を生きている
エルサレム入城の記事は、
マタイ21章
マルコ11章
ルカ19章
ヨハネ12章
すべての福音書に記されています。
一方、
黙示録19章11節では、
再臨のキリストが白い馬に乗って現れる姿が描かれています。
最初に来られた時は、
ろばに乗る柔和な王。
再び来られる時は、
白い馬に乗る勝利の王。
私たちは今、この二つの出来事の間の時代を生きています。
今は福音が宣べ伝えられる恵みの時です。
聖霊様は教会を通して働かれ、人々を救いへ導いておられます。
私たちもその働きの中で用いられるよう招かれています。
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⑥ 主に用いられる道には苦難もある
ヘブル12章1節
信仰の競走を忍耐をもって走り続けるよう勧めています。
第二コリント4章7~12節
パウロは、
四方八方から苦しめられても行き詰まらない
途方に暮れても望みを失わない
打ち倒されても滅びない
と証ししています。
主に用いられる人生は、いつも順風満帆ではありません。
苦難や試練、理解されない時もあります。
しかし神様は決して見捨てられません。
神様は苦難の中にあっても、ご自身の計画を進められます。
ヨセフもその一人でした。
裏切られ、奴隷となり、牢獄へ入れられました。
しかし、そのすべてが神様のご計画の中にあり、夢の解き明かしを通してエジプトを救う器として用いられました。
私たちにも、それぞれ違う神様の計画があります。
どのように用いられるかは分かりませんが、主は最も良い時に、最も良い方法で私たちを用いてくださいます。
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聖霊様の働き
私たちは自分の力だけでは、主に用いられる人生を歩むことはできません。
しかし、イエス様が約束された聖霊様が私たちの内に住み、力を与えてくださいます(使徒1:8)。
聖霊様は、
主の御心を教え、
必要な時に語るべきことばを与え、
奉仕する力を与え、
苦難の中でも希望を失わないよう励ましてくださいます。
「主がお入用なのです」という召しに応える歩みは、聖霊様の助けによって可能となるのです。
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まとめ
エルサレム入城で用いられたろばも、香油をささげたマリアも、それぞれ神様から与えられた使命を果たしました。
私たちもまた、一人ひとり異なる賜物と役割が与えられています。
人と比べる必要はありません。
今、置かれている場所で、
「主がお入用なのです。」
という主の御声に従うなら、その人生は神様のご計画の中で豊かに用いられます。
聖霊様に導かれ、イエス様を見上げながら、それぞれに託された使命を忠実に果たしていきましょう。主は決して私たちを見捨てることなく、最後まで共に歩んでくださいます。