しなのマイクロはなぜ消えた?|3800円の車体キットと1万6800円の峠の機関車キット、残った名前
あの会社はなぜ消えた?
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しなのマイクロはなぜ消えた?|3800円の車体キットと1万6800円の峠の機関車キット、残った名前
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あの会社はなぜ消えた?
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1974年、車体だけの機関車キットが3,800円。1976年には、台車まで入った峠の電気機関車の金属キットが1両16,800円。東京の小さな鉄道模型メーカー「しなのマイクロ」は、手間のかかる金属の模型にこだわり続けました。
けれど1980年の夏、プラスチックの模型を発表する直前に倒産したとされます。その名前の半分は、今も別の会社の名前に残っています。
しなのマイクロは、なぜ消えたのか。
▼ チャプター
0:00 イントロ
0:40 1980年の夏
2:38 柴又の小さなメーカー
4:43 3800円の車体
6:45 峠の機関車
8:57 1万6800円の箱
10:58 エヌゲージの時代
13:12 小さな旧型電機
15:22 フライホイールとマイクロクス
17:16 倒産
19:13 名前の半分
1960年代の終わりから1970年代の初めに始まり、東京・葛飾の柴又にあったとされるしなのマイクロは、エッチングとドロップの金属加工で16番(1/80)の機関車キットを作りました。EF61・EF62・EF70・EF81、そして板谷峠のEF71・ED78。ほかの会社が作らない形式も次々と模型にしました。
1978年からはNゲージに参入し、ED17・ED15・ED42などの古い電気機関車、碓氷峠のめがね橋の金属ストラクチャー、東急8500系などの電車へと広がります。1980年にはブランド名を「マイクロクス」としました。
しかし1980年の夏、全日本鉄道模型ショウの直前に倒産したとされます。Nゲージの仕事は有井製作所(アリイ)が引き取り、「しなのマイクロの名前を残したい」とマイクロエースと名づけました。
※ 本動画は、資料で確認できる範囲だけを事実として述べています。しなのマイクロの倒産の時期は資料によって7月・8月の直前と書き方が分かれ、手続きの種類・負債額・原因を記した記録は見つからないため、断定していません。マイクロエースと有井製作所は、現在も事業を続けています。
「あの会社はなぜ消えた?」では、かつて日本にあった企業のなりたちと消えかたを、毎日18:00に配信しています。
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