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卑弥呼の国はどこまで広がっていたのか? 邪馬台国は南端だったのか

古代文明検証ラボ

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卑弥呼の国はどこまで広がっていたのか? 邪馬台国は南端だったのか

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【関連動画】 ▶ 奴国の消えた王:    • 【金印の謎】卑弥呼の時代、奴国の王はどこへ消えたのか?   — 倭人伝に二度現れる奴国と、国名の並びを検証 ▶ 白石の変説:    • 邪馬台国を大和と書いた学者は、なぜ九州に考えを変えたのか?   — 邪馬台国を大和と書いた学者が九州へ考えを変えた理由 ▶ 張政は本当に20年いたのか:    • 卑弥呼の最期を見た男? 張政は本当に20年も倭国にいたのか【魏志倭人伝】   — 魏使の記事から、倭国で何を見たのかを検証 邪馬台国は、卑弥呼に従う国々の南端にあったのでしょうか。 『魏志倭人伝』の国名の並び、境界を示す言葉、魏使の記事、山門とヤマトの地名史をたどり、原文から描ける地図と、解釈で補っている線を分けて検証します。 南端に置く読みには本文上の根拠があります。しかし、二十一の国の位置と境界句の指す範囲は一つに決まらず、本文だけからその配置に限定することはできません。都の地点、邪馬台国という一国、女王に従う諸国全体を区別しながら確かめます。 【目次】 0:00 導入 邪馬台国は南端だったのか 0:32 第一章 都と国々の範囲 3:11 第二章 北の記事 7:14 第三章 二十一の国の配置 14:16 第四章 魏の使者 17:24 第五章 山門の名 22:28 終章 地図の線 【参考文献】 ・陳寿『三国志』巻30・魏書 烏丸鮮卑東夷伝(維基文庫・公開翻刻) https://zh.wikisource.org/zh-hant/三國志... ・『三國志』巻30 倭人条(韓国国史編纂委員会 韓国古代史料DB) https://db.history.go.kr/ancient/leve... ・牧健二『魏志倭人伝正解の条件』史林53巻5号、1970年(京都大学学術情報リポジトリ) https://doi.org/10.14989/shirin_53_663 ・三木太郎『一大率と魏使について―坂元義種・榎一雄氏らにお答えする―』1985年(北海道駒澤大学研究紀要20) https://komazawa-u.repo.nii.ac.jp/rec... ・『続日本紀』巻3・慶雲4年五月癸亥条(維基文庫・公開翻刻) https://zh.wikisource.org/wiki/續日本紀/卷第三 ・『日本歴史地名大系』山門郡(平凡社・コトバンク) https://kotobank.jp/word/山門郡-3097653 ・木簡庫 MK005081000010『倭国所布評大野里』(奈良文化財研究所) https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/MK... ・青木周平『やまと』万葉神事語辞典(國學院大學デジタル・ミュージアム) https://jmapps.ne.jp/kokugakuin/det.h... ※本動画は諸説ある内容を紹介しています。 チャンネル登録して、古代文明の謎を一緒に追いかけましょう。