邪馬台国はなぜ場所が分からないのか|候補地50か所、読めない一行【ずんだもん&ゆっくり解説】
ずんだもんの歴史ファイル
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邪馬台国はなぜ場所が分からないのか|候補地50か所、読めない一行【ずんだもん&ゆっくり解説】
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卑弥呼の邪馬台国。名前は誰でも知っているのに、その場所は今も分かっていません。
候補地を名乗る土地は、少なくとも50か所。
理由は、たった1行にあります。
唯一の手掛かりである魏志倭人伝の道案内を、書いてあるとおりにたどると、
九州を突き抜けて太平洋の海の上に出てしまうのです。
どこかを「間違い」として読み替えるしかない。
そして、どこを疑うかで答えが変わる。
これが1700年決着しない理由です。
▼この動画でわかること
・問題の一行に何と書かれているか(原文と、そのとおり進んだ着地点)
・距離の帳尻がどう合わないか(1里はおよそ430メートル、では1万2000里は)
・畿内説と九州説は、それぞれ原文のどこを疑っているのか
・魏が贈った金印と銅鏡100枚は、今どうなっているのか
・纒向遺跡と箸墓古墳で分かったこと、そして掘れない理由
・邪馬台国は、そのあとどうなったのか(空白の4世紀)
▼目次
0:00 今日のナゾ
1:19 唯一の手掛かり
4:31 そのまま読むと海の上
8:07 南か 距離か
11:20 金印と鏡
13:58 掘って出てきた都
16:22 掘れない墓
19:08 消えたその後
※時間は目安です。
▼おもな参考資料
・『三国志』魏書東夷伝倭人条(いわゆる魏志倭人伝・南宋刊本)
・『日本書紀』神功皇后紀・崇神天皇紀
・国立国会図書館 常設展示第85回「邪馬台国論争」
・桜井市纒向学研究センター「纒向遺跡ってどんな遺跡?」
・名古屋大学プレスリリース「奈良県纒向遺跡出土のモモの種の高精度14C年代測定」(2018年)
・佐賀県「ナゾホルよしのがり」(吉野ヶ里遺跡の発掘調査)
※本編で触れた「昼は人が造り、夜は神が造った」は、8世紀の編纂物『日本書紀』に載る伝承です。
▼画像クレジット(PD / CC0 / CC BY-SA)
・一次|『三国志』魏書東夷伝倭人条 紙面(南宋刊本)/ Wikimedia Commons (パブリックドメイン)
・一次|漢委奴国王金印(1784年志賀島出土・福岡市博物館蔵)/ © PHGCOM / Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0)
・一次|三角縁神獣鏡(東京国立博物館蔵)/ Daderot / Wikimedia Commons (パブリックドメイン)
・現地|箸墓古墳(奈良県桜井市)/ Saigen Jiro / Wikimedia Commons (CC0)
・現地|纒向遺跡 辻地区・大型建物跡 / Saigen Jiro / Wikimedia Commons (CC0)
・現地|吉野ヶ里遺跡 / Saigen Jiro / Wikimedia Commons (CC0)
・現地|原の辻遺跡(壱岐・一支国の王都比定地)/ Saigen Jiro / Wikimedia Commons (CC0)
・地図: 国土地理院(シームレス空中写真)
・地図: NASA EOSDIS GIBS / Blue Marble
▼クレジット
音声:VOICEVOX:ずんだもん/VOICEVOX:中国うさぎ/VOICEVOX:玄野武宏
立ち絵:坂本アヒル
BGM:DOVA-SYNDROME(https://dova-s.jp)