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鴨川【荒神橋南側にある謎?の2本の白いライン」・車道(くるまみち)のモニュメント(2026年9月8日)

Gori Lion【京都歩く人& 自転車散歩】

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鴨川【荒神橋南側にある謎?の2本の白いライン」・車道(くるまみち)のモニュメント(2026年9月8日)

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荒神橋周辺は、江戸時代から明治時代にかけて、滋賀の「山中越(志賀街道)」を越えて京都の街中へ荷物を運び入れる主要なルート(京の七口の一つ「荒神口」)だった。当時、滋賀から大量の物資(米や炭など)を運んできた牛車は、必ずこの荒神橋のすぐそばを通って京都にアプローチしていた。そのため、この場所は「牛車の歴史」を語る上で欠かせない外せないポイントなので、このモニュメントが作り置かれたようだ。 重い荷物を積んだ牛車が橋を渡ると、橋が簡単に壊れてしまいます。そのため、牛車だけは橋を渡らず、わざわざこの場所から河原へ降りて、川底に敷かれた石のレール(車石)の上を直に渡っていた。 あくまで「復元風モニュメント」であるため、この2本のラインは当時あった実際の「車石(車道に敷かれていた凹みのある石)」そのものの移築ではなく、舗装工事の際に歴史的なストーリーを伝えるために作られた「車道風のモニュメント(再現デザイン)」。 車石といえば、峠や坂道で、湧き水や雨で泥濘化しやすい峠道をスムーズに越えるために使われていたのを知っていたが、川の浅瀬や河原の泥に埋まるのを防ぐためにも使われていたのをこのモニュメントのおかげで知った。川底の車石は、水流の妨げにならない、溝のない平らな厚板状の石が使われた。 2つの場所にあった車石は「車輪の幅に合わせて2列の石を敷く(※敷かれた当初は溝のない真っ平らな石だったようだ・・・)」という仕組みはどちらも同じだが、鴨川の車石は水流や砂利で洗われ、比較的フラットな状態が維持されていたのに対し、日ノ岡峠の車石は長年の過酷な坂道通行によって深い溝を刻んでいった。現在の荒神橋のモニュメントにあるはっきりとした溝があるが、車石のイメージを分かりやすく表現した現代の演出と言えるかも? 【関連動画】 ■京都再発見-2・日ノ岡峠の車石「大津と京都を結ぶ街道に敷かれていた石」 ⇒   • 京都再発見-2【4K】日ノ岡峠の車石「大津と京都を結ぶ街道に敷かれていた石」(南禅寺...   ■荒神口通・古くから比叡山や近へと続く「志賀越道」の起点として栄えた通り ⇒   • 【荒神口通】古くから比叡山や近へと続く「志賀越道」の起点として栄えた歴史ある通り(2...   #京都歩く人 #京都 #鴨川 #荒神橋 #荒神口 #川端通 #京の七口 #車石 #車道