【朗読】山本周五郎『だだら団兵衛』-山賊に「この着物と刀を貸してくれ」と頼んだ男-
聴く山本周五郎【朗読】
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【朗読】山本周五郎『だだら団兵衛』-山賊に「この着物と刀を貸してくれ」と頼んだ男-
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聴く山本周五郎【朗読】
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【目次】
00:00 オープニング
00:08 本編
52:52 物語を紐解く 〜背景と用語の豆知識〜
【本作品について】
『だだら団兵衛』は、昭和七年(一九三二年)五月、雑誌「キング」に発表された時代小説です。本名は多々羅(たたら)団兵衛。藤堂家に仕える御馬回り百五十石、二天流の達者で、藩内屈指の武術者。身丈六尺を越す筋骨隆々の大男です。ただし少し急くと吃る癖があり、自分の姓名を言う段になると「たたたたららだだ団兵衛」となってしまう。それで口の悪い者から「だだら」と綽名をつけられました。
寛永のころ、雨もよいの生温い風が吹く、とっぷりと暮れた夜。鈴鹿峠の裏道、俗に三本榧(さんぼんがや)と呼ばれる八合目近くで、主君の使いで京へ向かう団兵衛は、山賊・大蛇嶽闇右衛門(おろちだけやみえもん)の一味十四五名に囲まれます。峠を越す切手代りに身ぐるみ脱いで献上しろ、と迫られ、まず金子二十両を差し出して勘弁を乞いますが、それでは通さぬと突っぱねられる。追い込まれた団兵衛は、こう持ちかけました。「拙者がお役目を果すまでこの衣服大小を貸してくれぬか」。帰りに必ず立ち寄って返上する、武士に二言はない、と。
数日後、その言葉が寸分たがわず果たされたとき、荒くれた山賊の生き方は根こそぎ変わります。そして団兵衛の不器用な一徹さは、やがて士を愛することでは当代随一と言われた池田光政の目にとまり、彼の運命を思わぬ方へ運んでゆくのです。幾年か経ったある夜、犬猿の仲で通っていた男の妻子が、一通の書状を携えて裏口を叩きます。思わず笑ってしまう場面を重ねながら、いつのまにか胸が熱くなっている——そんな一編です。
【作品紹介URL】
https://shugoro.net/dadaradambe/
【本チャンネルについて】
『聴く山本周五郎【朗読】』へようこそ。
当チャンネルは、時代小説の最高峰といわれる山本周五郎作品に惚れ込んだ有志の朗読家と制作スタッフによる「周五郎作品を次世代へ語り継ぐ朗読プロジェクト」です。
■ 周五郎作品には、武士の矜持を描いた硬派な物語から、市井に生きる女性の哀歓を描いた物語まで、多様な魅力があります。私たちは、その物語一つひとつの「色」を最も引き出せるよう、作品ごとにナレーターを厳選し、キャスティングを行っています。
重厚な武家物: 落ち着いた深みのある男性ナレーター
繊細な人情物: 情感豊かで優しい響きの女性ナレーター
etc...
■ 独自の制作工程 単なる読み上げではなく、以下の工程を経て動画を制作しています。
作品選定: 現代の皆様の心に響くメッセージを持つ作品を選びます。
演出・ディレクション: 登場人物の心情に合わせた「間」や「強弱」を検討し、ナレーターと共に録音を行います。
付加価値の提供: 動画の最後(または概要欄)には、制作スタッフによる独自の作品考察を添え、視聴者の皆様と学びを深められる場を目指しています。
機械的な朗読ではなく、「人間だからこそ表現できる情緒」を大切に、一音一音に心を込めてお届けします。
【山本周五郎の紹介】
山本周五郎は、1903年6月22日に山梨県大月市初狩町下初狩に生まれ、1967年2月14日に横浜市で逝去した日本の小説家で、本名は清水三十六(しみず さとむ)。彼の作品は、江戸時代を背景とした時代小説や歴史小説で、武士の哀感や市井の人々の生活を描いたものが多く、特に『樅ノ木は残った』『赤ひげ診療譚』『青べか物語』などの作品は高く評価されています。
周五郎は、清水逸太郎ととく(旧姓・坂本)の長男として生まれました。家業は繭、馬喰などの商売で、家族は武田の遺臣である清水大隅守政秀の後裔と自認していました。幼少期、明治40年の大水害で多くの親族を失い、家族は東京に移住しました。横浜市の西前小学校を卒業後、東京木挽町の山本周五郎商店(質屋)に徒弟として入り、この時期に文学への関心を深めました。
1923年の関東大震災で商店が被災し、一時は関西に移り、地方新聞記者や雑誌記者を経験。1926年、「文藝春秋」に掲載された「須磨寺附近」で文壇デビューを果たしました。以後、途切れることなく多くの作品を発表し続け、日本の文学界における独自の地位を確立しました。
生涯にわたり、彼は「賞」と名の付くものはすべて辞退し、1943年には『日本婦道記』で直木賞を受賞するもこれを辞退しています。彼は文学において「大衆」も「少数」もなく、「純」も「不純」もない、ただ良い文学と悪い文学のみが存在するという信念を持っていました。
私生活では、1930年に土生きよいと結婚し、1945年には妻を病気で亡くします。その後、吉村きんと再婚し、横浜に転居しました。晩年は、横浜市の旅館「間門園」の別棟で作品を執筆し、1967年に肝炎と心臓衰弱でこの世を去りました。
山本周五郎の作品は、人間の深層を探求し、日本の歴史や文化に根差した独自の視点から描かれています。その文学的功績は死後も高く評価され、『山本周五郎全集』や『全集未収録作品集』が刊行され、1988年には新潮社により彼の名を冠した「山本周五郎賞」が創設されました。彼の作品は、今日でも多くの読者に愛され、日本文学の重要な一角を占めています。
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