Перейти к содержимому

戦前の収入日本一・カネボウはなぜ消えたのか|鐘ヶ淵の綿問屋から解散までの120年

日本一の終わり方

0:00 / 0:00

戦前の収入日本一・カネボウはなぜ消えたのか|鐘ヶ淵の綿問屋から解散までの120年

435 просмотров · 2 дн. назад
日本一の終わり方
50 подписчиков
435 просмотров · 2 дн. назад
1933年、日本の会社で収入1位だったのは紡績会社の鐘淵紡績、のちのカネボウでした。収入はおよそ2億188万円、企業物価で換算するといまのおよそ1,900億円です。 ところが、その頂点から74年後の2007年、カネボウは解散を決めます。 日本一の会社は、なぜ消えてしまったのでしょうか。隅田川のほとりの綿問屋から解散までの120年を追います。 ▼目次 0:00 はじめに 1:35 鐘ヶ淵の綿問屋 3:57 武藤山治の工場 7:26 収入日本一 10:33 津田信吾と戦争 13:31 焼け跡の再出発 16:10 天下第一等の会社 18:44 五つの事業 21:32 粉飾と解散 25:53 なぜ消えたのか 29:03 消えた物と残った物 31:29 おわりに ◼️ 主な参考資料 ・松尾健治「組織における成功の歴史と衰退に関する研究—鐘紡の事例—」神戸大学博士論文(2017) ・川井充「従業員の利益と株主利益は両立しうるか?—鐘紡における武藤山治の企業統治—」『経営史学』40巻2号(2005) ・株式会社産業再生機構「事業再生計画の概要(カネボウ)」(2004) ・株式会社産業再生機構「株式会社カネボウ化粧品及びカネボウ株式会社にかかる株式及び債権の譲渡等について」(2005) ・国会会議録 衆議院財務金融委員会(2005年10月28日)、参議院財政金融委員会(2005年6月9日、2006年5月16日) ・クラシエ「会社の歴史」「商品の歴史」、カネボウ化粧品「沿革」、コトバンク「武藤山治」「津田信吾」「伊藤淳二」 ・日本銀行「企業物価指数(戦前基準指数)」 ◼️ 画像(Wikimedia Commons) ・CC BY:663highland、watashiwani ・CC BY-SA:Olegushka、Monami、円周率3パーセント ・そのほかはパブリックドメイン・CC0。地図は Natural Earth カネボウの化粧品やハリスのガム、鐘紡の工場の思い出があれば、ぜひコメント欄で教えてください。 ◼️ 制作について 図とアニメーション、BGMは自作です。ナレーションは合成音声(AI)を使用しています。 内容に誤りがあれば、コメントで教えてください。 #企業史 #昭和 #カネボウ #鐘紡 #武藤山治 #経営史