広島県安芸太田町 わずか30年で消滅した「中ノ甲」集落
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中ノ甲は、昭和初期に帝国製鉄加計工場の製鉄造用の木炭を生産するために開拓されました。最盛期が昭和16~17年で、製炭窯50~60基、70世帯210名が住んでいたそうです。
昭和8年、中ノ甲から八幡村樽床までの道ができ、製材所や住宅が建設。
昭和13年、帝国製鉄加計工場が操業を開始。
昭和16年4月、戸河内小学校中の甲分教場が開校。
昭和24年4月、打梨中学校中の甲分校が開校。
昭和25年廃止、戸河内中学校横川分校に通学。
昭和32年、帝国製鉄が経営転換により中の甲が営林署に譲渡されることとなり、従業員は吉和村の立岩製炭所に集団移住。
同年、同年に小中学校も廃校となった。
【広島県安芸太田町 植林された廃村、田代集落、添郷集落、横川集落】
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