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【石野真子・長渕剛】「強くなりたいわ」――夫の母と暮らした花嫁が、1年4か月で家を出た理由

After The Vow

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【石野真子・長渕剛】「強くなりたいわ」――夫の母と暮らした花嫁が、1年4か月で家を出た理由

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【石野真子・長渕剛】「強くなりたいわ」――夫の母と暮らした花嫁が、1年4か月で家を出た理由. 石野真子さんと長渕剛さん、1982年ハワイの結婚から1983年の離婚まで。頂点で歌をやめた二十歳の花嫁と、姑と暮らした一年四か月。第2話。 「100万ドルの微笑」と呼ばれたトップアイドルは、助手席でいつもドアノブを握っていました。十九歳のラジオで「二十歳過ぎたら、すぐお嫁に行きたい」。二十歳、ヒットの続く中で引退。相手は長渕剛さん。1982年1月、ハワイで挙式。一か月後、夫は雑誌に「暴力をふるったりは決してしない」と誓い、妻は「彼、とっても怒りっぽいの」「強くなりたいわ」と言いました。その家には、夫の母が同居していました。毎朝化粧をして夫を送り出し、電話で鹿児島の味を習った花嫁は、一年四か月後、家を出て、吉田拓郎さんの家に身を潜めました。離婚成立の日、彼女は復帰会見を開きました。週刊誌は暴力を書き、夫は「全くない」と言い、妻は何も言いませんでした。翌年、彼女がこぼしたと伝えられる言葉はひとつ。「急いだ私が浅はかだった」。三年後の生放送、元夫の「元気?」に「元気」、そして「頑張って!」。三十四年後、元夫はこの結婚を「一つ目の幸せ」と呼びました。 【本動画の内容】 ・1978年、芦屋 ― ハンドバッグ会社社長の娘、『スター誕生!』で桜田淳子・山口百恵を上回る点数 ・「狼なんか怖くない」作曲・吉田拓郎 ―「100万ドルの微笑」 ・『九月の空』キスシーン ​― ​三秒に三時間、大粒の涙 ・真っ赤なフォルクスワーゲンの助手席 ― 極度の男性恐怖症、握っていたドアノブ ・同じ1978年、北九州 ― 二十一歳の長渕剛「俺は将来、石野真子を嫁さんにする」。二人はまだ会っていない ・1980年2月、ニッポン放送 ―「20歳過ぎたら、すぐ行きたいですね」 ・オールナイトニッポンで初対面 ​―「順子」を「真子」に置き換えて歌った夜 ・1981年6月、引退発表 ― 8月30日「Bye-Bye MAKO」渋谷公会堂、生中継は山口百恵と彼女だけ ・引退の夜のラジオ ―「みんなに言えないくらい嫌なこともたくさんあったけれど」「強くなったから、心配しないでね」 ・1982年1月22日、ハワイ ​― 二十一歳の誕生日の九日前、「二十歳の花嫁」に間に合った ・仲人は吉田拓郎・浅田美代子夫妻 ​― ​吉田「見たことのない長渕剛でした」 ・夫「やっと自分のものになった。うちはもう亭主関白でいきます!」 ・週刊誌の誓い ​―「浮気をしたり、暴力をふるったりは決してしないと約束するよ」 ・妻「彼、とっても怒りっぽいの」「わたしも負けないように強くなりたいわ」 ・子どもについて ― 妻「早く欲しいの」夫「騒がれる時期がすんでから」 ・毎朝、化粧をして玄関で「いってらっしゃい」― 野菜ジュースの日替わりメニュー ・毎日、浅田美代子さんに電話 ― 鹿児島の味を習う ・世田谷のマンション、夫の母と同居 ― ​式から四か月、入籍はまだ ・「早くも石野真子・長渕剛夫妻に危機」― 嫁と姑の噂 ・1983年3月、家を出て吉田拓郎さんの家へ ― 二か月、一歩も出なかったドア ・引退ライブ盤 ― 予約予想2000組、売れたのは2万組 ・1983年5月、離婚成立 ― 同じ日、石井ふく子さんの隣で復帰会見、ハンカチ ・TBS、長渕さん ―「暴力は」「全くないですね」「お互いに若すぎた」 ・1984年1月 ―「急いだ私が浅はかだったのね」「歌手でいればと思うと悔しくってね」 ・友人「夫を責めればバカな女と言われる。つらい立場なんですよ」 ・1986年9月1日、生放送『歌のトップテン』―「元気?」「元気」「頑張って!」 ・2017年、長渕さんラジオ ―「一つ目の幸せ」「キラキラ宝物のように残っていく」 ・1990年、広岡瞬さんと結婚 ― 1995年、もう一度家を出る ・2002年、妻公認の九年 ― 看取り、親族席 ・2022年 ―「流れるままに、ふわふわと」 【主な参考資料】 ・長渕剛『俺らの旅はハイウェイ』八曜社(1990年)215-218頁「愛そして結婚」 ・週刊実話 ​昭和57年2月25日号「人気スター新婚妻」― ​新婚一か月の夫婦インタビュー ・週刊実話 昭和57年4月15日号 ― 結婚半年の新婚生活 ・週刊実話 昭和59年1月17・24日号 ― ​離婚八か月後、彼女の言葉と友人の証言 ・週刊文春 2023年2月9日号 ― 石野真子 半生(男性恐怖症・姑・広岡瞬・妻公認の九年) ・週刊文春 2008年12月18日号 152-155頁 ・TBSラジオ『伊集院光とらじおと』2017年8月21日 ― 長渕剛「一つ目の幸せ」 ・日刊ゲンダイ 2012年10月23日「プレイバック芸能スキャンダル史」 ・アサ芸プラス「壮絶『芸能スキャンダル会見』秘史」― 1983年復帰会見・1990年婚約会見 ・矢吹光『長渕剛 VS 桑田佳祐』三一書房(1995年)102頁 ―「順子」を「真子」に ・ビクターエンタテインメント 公式プロフィール/ウィキペディア「石野真子」「長渕剛」「二人歩記」「浅田美代子」 ※本動画は、公開されている資料・報道記事・ご本人の発言をもとに構成しています。離婚の理由について、ご本人は語っていないため、週刊誌の記述はそのまま「週刊誌はこう書いた」として紹介し、断定はしていません。 #石野真子 #長渕剛 #時代を生きた声 #昭和のアイドル #嫁と姑