【舟木一夫×林与一】なぜ膀胱がんを告げられても降板しなかったのか?…53年前に託された19歳の舟木、最後は“大石と吉良”で向き合った理由
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【舟木一夫×林与一】なぜ膀胱がんを告げられても降板しなかったのか?…53年前に託された19歳の舟木、最後は“大石と吉良”で向き合った理由
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舟木一夫さんと林与一さん。2017年、新橋演舞場の「忠臣蔵」で、舟木さんは大石内蔵助、林さんは吉良上野介として向き合いました。しかし、その舞台を前に、林さん自身には膀胱がんが見つかり、医師からすぐに入院するよう勧められていたといいます。
それでも林さんは舞台を降りませんでした。なぜ、そこまでして舟木一夫さんの“大石”を見届けようとしたのでしょうか。
二人の物語は、53年前の1964年、NHK大河ドラマ「赤穂浪士」にさかのぼります。当時19歳だった舟木一夫さんが演じたのは矢頭右衛門七。大石内蔵助を演じていた長谷川一夫さんは、21歳だった林与一さんに、時代劇に不慣れな舟木さんの面倒を見るよう託したと伝えられています。
過酷な撮影、四谷で警察官に呼び止められた若き日の思い出、撮影後も続いた交流。そして林さんが約10年にわたり舟木さんへ言い続けた「大石をやれ」という言葉。
青春歌謡のスターだった舟木さんは、長い芸能生活の中で歌手としてだけでなく舞台人としても経験を重ね、2017年、ついに大石内蔵助を演じます。その一方で林さんは病を抱えながら吉良上野介を務め、稽古では舟木さんの大石がよりよく見えるよう、舞台や道具の見せ方にまで気を配っていました。
1964年には長谷川一夫さんの大石を見上げていた19歳の舟木一夫さん。そして53年後、その舟木さん自身が大石となり、かつて自分を支えてくれた林与一さんが吉良としてその前に立ちました。
昭和歌謡、昭和芸能、時代劇を歩んできた二人の間に、53年間何が残り続けていたのでしょうか。「赤穂浪士」から「忠臣蔵」へとつながった、舟木一夫さんと林与一さんの知られざる舞台人生をたどります。
【目次】
00:00 膀胱がんを告げられても林与一が舞台を降りなかった理由
01:00 1964年「赤穂浪士」19歳の舟木一夫と長谷川一夫
05:25 過酷な撮影と四谷で起きた若き日の思い出
11:30 青春歌謡のスターから舞台を背負う座長へ
13:31 林与一が約10年言い続けた「大石をやれ」
16:52 膀胱がん、入院勧告、それでも選んだ2017年「忠臣蔵」
23:59 53年後“大石と吉良”として向き合った二人
【参考資料・出典】
放送ライブラリー「大河ドラマ 赤穂浪士」
https://www.bpcj.or.jp/program/detail...
松竹「芸能生活55周年 舟木一夫特別公演」
https://www.shochiku.co.jp/play/sched...
歌舞伎美人「舟木一夫特別公演」関連資料
https://www.kabuki-bito.jp/news/4431
林与一さんのインタビュー・オーラルヒストリー
https://www.hbnk.cfbx.jp/oth/archives...
※本動画は、公開されている公演資料、番組資料、インタビューなどを参考に構成しています。
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