【昭和の日本】貴重な終戦直後の映像!焼け跡で生活し配給を受け取る人々 そして23年後の高度経済成長に浮かれる人々 1968年の終戦記念日に「何か」を問いかけるニュース映像
Japan’s Nostalgic Films
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【昭和の日本】貴重な終戦直後の映像!焼け跡で生活し配給を受け取る人々 そして23年後の高度経済成長に浮かれる人々 1968年の終戦記念日に「何か」を問いかけるニュース映像
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■ニュース原稿より
23年前、日本は飢えていました。
買い出しに行けば、お巡りさんが待ち構えていた、あの頃。
川崎の鉄管住宅。雨風をしのげるところには、どこでも人が住んでいました。建売の文化住宅は、高嶺の花でした。
あの頃、忘れたころに配給になる炭は風呂敷に一つ。線路端の石炭殻は、冬の燃料の頼りでした。
米も、味噌も、魚も、食べるものはみんな配給だった、あの頃。背負いきれないほどのサツマイモの特配は、ひと時、心を豊かにしました。
上野の不忍池は田んぼにされ、空地はどこでも畑となって、一時の飢えをしのぎました。
米の代わりに配給された砂糖。その食べ方として、カルメ焼きには苦心したものです。
なんでも繕っては着た時代。母さんのお古がドレスにもなり、それがせめてものお洒落でした。
やがて、流行のロングスカートが銀座を闊歩するようになります。それが23年前の日本でした。
世は移り変わり、今、1968年。誰が名付けたか、昭和元禄。
やっと手にしたマイホーム。戦後の苦しみを知らない若者たちは、ゴーゴー、アングラ、ハレンチ、サイケ。
覚えきれないコマーシャルに、もう頭の中はいっぱいです。
欲求不満のはけ口は、パチンコ、麻雀、競輪、競馬。馬は当たらず、車に当たる。事故死8000人、史上最高。
レジャーブームは順風満帆。
そして今年も、8月15日がやってきました。
衣食足りて、何かを忘れてはいないでしょうか。
■このチャンネルについて
1950〜70年代に制作された日本のニュース番組の映像を配信しています。
当時の日本の風景を記録した貴重な映像をご覧ください。
#ニュース #昭和