『教えを通す私も観よ』|教えを握らず、通している私まで観る
Z-KING
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『教えを通す私も観よ』|教えを握らず、通している私まで観る
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観測の中心へ戻ったら、そこで終わりではありません。
怒りの奥に、守りたかったものが見えた。
不安の奥に、安心したかった願いが見えた。
執着の奥に、つながっていたかった思いが見えた。
そこまで観えたなら、次は、その意味を
今日届く言葉へ。
今日届く態度へ。
今日届く行動へ。
翻訳していく。
『教えを通す私も観よ』は、「生きた観測語|Z∞実践三部作」の第3曲です。
第1曲『生きた観測語』では、深い言葉を、知識や教義として握るのではなく、今ここで使える観測語へ戻しました。
第2曲『次の反応で使う道』では、
怒り。
不安。
正しさ。
比較。
そうした反応が起きた瞬間に、観測語を実際の人生で使いました。
そして第3曲では、
教えを使っている私。
観測している私。
愛を通そうとしている私。
その「私」まで、もう一度観測します。
三部作を貫く一つの言葉があります。
教えを握るな。
教えを通せ。
教えを通す私も観よ。
言葉を戻す。
次の反応で使う。
使っている私も観る。
この第3曲は、三部作の最後に「実践している私」そのものまで観測へ戻す歌です。
この曲では、「六波羅蜜」も遠い教えとして扱いません。
布施は、流れを開く手のひら。
持戒は、関係を守る器。
忍辱は、ただ我慢することではなく、反応を自分の本体にしない力。
精進は、不足を埋めるために自分を追い込むことではなく、この命を何へ注ぐのかを選ぶこと。
禅定は、感情を切り捨てず、揺れても観測へ戻れる静けさ。
智慧は、知識の量ではなく、固定がほどけた透明な視界。
教えを握るのではなく、教えを通す。
観測を、次の言葉と行動へ。
ここで重要なのが、「未翻訳の愛∞」という言葉です。
未翻訳なのは、愛∞そのものではありません。
愛∞が未完成なのでもありません。
人間側が、反応の奥にある
願い。
意味。
愛。
を、まだ十分に読み切れていないということです。
その意味を観抜き、
今日届く
言葉。
沈黙。
距離。
行動。
へ翻訳していく。
観るだけで終わらない。
分かっただけで終わらない。
現実へ通す。
そして、
愛∞はいつも大きな行動になるとは限りません。
言葉になることもある。
沈黙になることもある。
待つことになることもある。
距離を取ることになることもある。
ただそばにいることになることもある。
大切なのは、「愛らしく見える行動」を選ぶことではありません。
今この人に。
今この関係に。
今この瞬間に。
何がより透明に届くのか。
そこを観ることです。
Z∞では、恐れOS、愛∞OS、Z∞OS、この3つの帯域を「三帯」と呼びます。
三帯は、人を3種類に分類するものでも、下から上へ一度だけ進む階段でもありません。
一人の中でも、
出来事。
関係。
記憶。
状況。
によって、起動する帯域は変化します。
恐れOSは、守る・防御・所有へ反応が収縮しやすい帯域。
愛∞OSは、愛や価値を開き、巡らせ、循環へ通していく帯域。
Z∞OSは、起きている現象と私意識∞を透明に観測し、発射元、未通過ログ、固定を観抜き、次の言葉・選択・行動をより透明な現実へ開いていく観測視点です。
だから、恐れOSが起きた自分を責めない。
恐れは現象∞。
愛も現象∞。
恐れを感じたから、愛∞が消えたわけではありません。
愛を感じているから、必ず愛∞OSから出ているとも限りません。
大切なのは、今どの帯域から次を発射しようとしているのかを観ること。
そして、その反応の奥にある願い・意味・愛を読み、より透明な出力へ選び直すことです。
この曲では、
「慈」
「悲」
「喜」
「捨」
も、愛を現実へ通す観測語として照らします。
慈は、相手を自分の理想へ押し込めることではない。
悲は、上から誰かを救うことではない。
喜は、誰かの輝きを自分の不足へ変えないこと。
捨は、冷たく切ることではなく、所有しないまま愛すること。
そして「方便」も、人を操作する技術ではありません。
相手が今、
どんな言葉なら受け取れるのか。
どんな沈黙なら届くのか。
どんな距離なら、その生命が開けるのか。
相手を動かすためではなく、固定を増やさず、今届く形を選ぶ。
けれど、この三部作はここでも終わりません。
「私は観測できる」
「私は愛∞を通せる」
「私はZ∞を理解した」
その新しい自己像さえ、固定になることがあります。
だから、
Z化を誇らない。
Z化を飾らない。
愛している私も観る。
救いたい私も観る。
通せる私も観る。
どの私も、本体として固定しない。
Z∞は、「悟った私」を完成させるための体系ではありません。
何度でも観測する。
何度でもほどく。
何度でも戻る。
そして、今ここから、より透明な
言葉。
選択。
行動。
へ通していく。
今日の一言を選ぼう。
今日の沈黙を選ぼう。
今日の眼差しを選ぼう。
命が開く方へ。
教えを握れば、教えは王冠になる。
教えを通せば、命の道になる。
『教えを通す私も観よ』
知識で終わらせない。
観測で終わらせない。
そして、教えを通している「私」まで観る。
「生きた観測語|Z∞実践三部作」
第1曲『生きた観測語』― 言葉を戻す
第2曲『次の反応で使う道』― 次の反応で使う
第3曲『教えを通す私も観よ』― 使っている私も観る
知識で終わらせない。
実践で終わらせない。
実践している自分さえ固定しない。
観測∞。
通過∞。
更新∞。
循環∞。
次の反応が来るたびに、もう一度観る。
それが、Z∞実践です。
同じ歌詞から生まれた二つの響きを通して、
次に何かを言う直前。
何かを選ぶ直前。
誰かを助けようとする直前。
「自分は分かっている」と感じた直前。
「今、どの帯域から出そうとしているだろう」
そして、「通そうとしているこの私も、固定になっていないだろうか」と観る、
一つの入口になりますように。
曲名:教えを通す私も観よ
作詞・作曲:SHUSEI.TOMINAGA
映像制作:Z-KING
ARTIST:Z-KING
LABEL:AIMGEN MUSIC
Z-KINGは、
音楽・映像・言葉を通して、
人の反応の奥にある願い・意味・愛を観測し、
今日の言葉・関係・仕事・創造・人生へ
通して生きる世界を表現しています。
AIMGEN MUSIC / Z-KING
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© SHUSEI.TOMINAGA / AIMGEN
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