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日本最古の鉱山/尾去沢鉱山 日本最大級の遺構をドローン空撮 秋田県鹿角市尾去沢にある史跡尾去沢鉱山~ダム決壊事故 廃墟化した近代鉱山施設の遺構は土木学会選奨土木遺産や近代化産業遺産に認定 秋田県の観光

23の冒険記 / 23's ADVENTURE STORY

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日本最古の鉱山/尾去沢鉱山 日本最大級の遺構をドローン空撮 秋田県鹿角市尾去沢にある史跡尾去沢鉱山~ダム決壊事故 廃墟化した近代鉱山施設の遺構は土木学会選奨土木遺産や近代化産業遺産に認定 秋田県の観光

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秋田県鹿角市にある日本最古の鉱山・尾去沢鉱山 現存する鉱山跡としては日本最大級の規模で大煙突、煙道、選鉱場、シックナーなどが残る。 また近代鉱山施設の遺構は土木学会選奨土木遺産や近代化産業遺産に認定されている。 歴史は古く708年(和銅元年)に銅山が発見され、産金が東大寺の大仏やユネスコの世界遺産に登録された中尊寺で用いられたとの伝説が残る。 1598年(慶長3年)に南部藩の北十左衛門が白根金山を発見し、後に民謡「南部牛追唄」で「田舎なれども南部の国は西も東も金の山」と歌われる金山の一つとして開発が行われた。金が枯渇してきた1695年(元禄8年)には銅鉱が発見され別子銅山や阿仁銅山とならび日本の主力銅山の一つとなる。 1889年(明治22年)に岩崎家、1893年(明治26年)に三菱合資会社が経営することとなり、近代化が図られた。 1894年(明治27年)には坑内に電話が敷設され、1896年(明治29年)には水力発電所の建設により住宅を含む全山に電気が通った。 日本の近代化、戦後の礎となった尾去沢鉱山でしたが、不採算と銅鉱石の枯渇から、1966年(昭和41年)に精錬が中止され1978年(昭和53年)に閉山する事となる。 尾去沢銅山事件・鉱さいダム決壊事故など数多くの事件や事故もあり調べれば調べるほど興味深く尾去沢鉱山の長い歴史の中に引き込まれてしまいました。 今後も鉱山や炭鉱跡など普段は目にする事のないスポット動画を皆さんと共有出来ればと思います。 #廃墟 #産業遺産 #ドローン #裏観光 #廃墟探索