【今なお望みが】罪を悲しみ、神に立ち返る ― エズラ10:1~8
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【今なお望みが】罪を悲しみ、神に立ち返る ― エズラ10:1~8
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聖書:エズラ記10章1~8節
主題:「今なお望みが」
「しかし、このことについてイスラエルには今なお望みがあります。」
――エズラ記10章2節
エズラ9章で、イスラエルの民の罪を知ったエズラは、神の前で嘆き、涙を流して祈りました。
その祈りを聞いた民もまた集まり、罪を悲しんで激しく泣きます。そして、シェカンヤという一人の人物が立ち上がり、こう語りました。
「私たちは、私たちの神に不信実なことをしてしまいました。しかし、このことについてイスラエルには今なお望みがあります。」
罪は私たちの心を刺します。私たちは自分の罪を小さく見積もったり、見なかったことにしたりすることがあります。しかし、神の御言葉は私たちの心を照らし、罪を罪として明らかにします。
けれども、そこで終わりではありません。
エズラ9章で語られる「逃れの者」とは、神が滅ぼし尽くすことなく、恵みによって残してくださった民です。そして、その恵みによって残された民が、自分たちの罪を認め、神に立ち返ろうとしていきます。
悔い改めとは、神に受け入れていただくために、自分をきれいにすることではありません。
すでに神の憐れみを受けた者が、その恵みの光の中で自分の罪を認め、神に立ち返ることです。
そして、その究極にあるのがイエス・キリストの十字架です。
キリストは私たちの罪を軽く扱われたのではありません。私たちの罪の重荷をご自身の身に負い、十字架にかかってくださいました。それゆえ、キリストを信じる者には罪の赦しがあります。
「罪がある。だから、もう望みがない」のではありません。
罪を罪として認めることのできるところに、神の恵みがあります。
神の恵みによって残された者が、その恵みによって自分の罪を認め、その恵みに応えて神に立ち返る。
エズラ記10章の「今なお望みがあります」という言葉を、キリストの十字架の光の中でご一緒に考えます。
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