「疲れていた」は栗田の最初の証言にない|栗田艦隊・謎の反転 米軍尋問記録を読む
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「疲れていた」は栗田の最初の証言にない|栗田艦隊・謎の反転 米軍尋問記録を読む
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1945年10月、東京。アメリカの調査団は、第二艦隊司令長官・栗田健男に問いかけた。「なぜ、レイテ湾に入らなかったのか」。その答えは、記録に残っている。のちに語られる「疲れていた」という言葉は、この最も早い記録には一度も出てこない。
1944年10月、レイテ沖海戦。戦艦大和を率いた栗田艦隊は、レイテ湾を目前にして北へ反転した。終戦から二か月後、栗田は米国戦略爆撃調査団の尋問に答え、一週間後には参謀長の小柳富次が同じ質問に答えている。二つの記録を並べると、理由の説明が食い違う。
00:00 尋問
00:45 記録
01:20 勝算のない作戦
02:39 旗艦の沈没
03:24 シブヤン海
04:31 サマール沖
05:46 空白の二時間
06:48 栗田の答え
07:44 参謀長の六つの理由
08:59 食い違う証言
11:11 北へ
11:33 十年後の言葉
12:02 最後の質問
■ 出典
・U.S. Strategic Bombing Survey (Pacific), Interrogations of Japanese Officials, Nav. No. 9 / USSBS No. 47(栗田健男、1945年10月16–17日、大前敏一同席)
・同 Nav. No. 35 / USSBS No. 149(小柳富次、1945年10月24日)
・原本スキャン:国立国会図書館(USSBS Index Section 8, Serial No. 47、Wikimedia Commons 経由、パブリックドメイン)
・英文テキスト:HyperWar Foundation 転写
・1955年の発言は伊藤正徳の取材によるとされるもの(二次資料)
尋問は通訳を介して行われ、記録は英語で残っています。動画内の引用はすべて英文記録からの当チャンネルによる日本語訳です。
■ 映像・写真
米国国立公文書館(NARA)428-NPC-5802、428-NPC-5804、428-NPC-4470、ARC 39033(United News 126)、ARC 39080
米国海軍写真 80-G-48888、80-G-325953、80-G-325952、80-G-46986、80-G-281764、80-G-270516、NH 63434、NH 73022、NH 73090 ほか(パブリックドメイン)
地図・図版:証言ファイル(地図データ:Natural Earth)
音楽:「Golden Cage」Jimena Contreras(YouTube オーディオライブラリ)
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チャンネル登録: / @証言ファイル
#太平洋戦争 #レイテ沖海戦 #栗田健男