攻山寺の紅葉
廣江重臣
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攻山寺の紅葉
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廣江重臣
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試行錯誤してきた皆さんに不愉快な感じを与えていましたPOWER DIRECTORの字幕を消すことができ、また、少しづつこのソフトを勉強しています。
デジブック時代プロ級の人々と争ってきたBGMをほかのところから取り入れることができること。
取り入れBGMをそのまま作品に取り入れられること。
削除した画面の後もセット次第で自動的に移ることができるなど使いやすいです。
これからも勉強していきます。
以前の作品ですが、再編集してみました
攻山寺
功山寺(こうざんじ)は、山口県下関市長府にある曹洞宗の寺。長府毛利家の菩提寺。
山号は金山(きんざん)。中国三十三観音霊場第十九番札所、山陽花の寺二十四か寺第九番。
仏殿は、善福院釈迦堂とともに鎌倉時代の禅宗様建築を代表するもので、国宝に指定されている。
歴史
嘉暦2年(1327年)、虚庵玄寂を開山として臨済宗の長福寺として創建された。開基は北条時仲と推定されている。
なお、仏殿の建立は上記創建年より早い元応2年(1320年)である。正慶2年(1333年)に後醍醐天皇の勅願寺となり、建武3年(1336年)には足利尊氏から寺領が寄進されるなど、朝野の尊崇を得て栄えた。
室町時代には大内氏の庇護を得、文明8年(1476年)には大内政弘によって復興された。弘治3年(1557年)、周防大内氏最後の当主大内義長が境内で自害した後、寺は一時衰退する。
慶長7年(1602年)、長府藩主毛利秀元が金岡用兼を招聘し、曹洞宗の笑山寺として再興した。
慶安3年(1650年)、秀元の没後、功山寺に改名された。
幕末の文久3年(1863年)、七卿落ちで京を逃れた7名の公卿のうち5名が滞在。元治元年12月(1865年1月)、高杉晋作は当寺で挙兵した(功山寺挙兵)。
文化財
国宝
• 仏殿 - 柱の墨書により元応2年(1320年)の建立と判明する。入母屋造、檜皮葺き。一重裳階(もこし)付き。方三間の身舎の周囲に裳階をめぐらした形になる。堂内には本尊千手観音坐像を安置する。典型的な禅宗様仏殿で、鎌倉時代にさかのぼり、建立年代の明らかなものとして貴重である。
県指定文化財
• 地蔵菩薩半跏像 - 延命地蔵とも
• 楊柳観音画像 - 高麗王朝期