ガセネタ - 雨上がりのバラード
Yuki Oba
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ガセネタ - 雨上がりのバラード
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Yuki Oba
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Live at 明治大学 1978年春
1977-1979年を過剰と速度で駆け抜けた唯一無二のロックバンド「ガセネタ」の1曲目
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ステージへ立つ度毎に罵声とゴミクズと嘲笑がとんでくるのは毎回のおきまりごと。演奏がはじまるともう何もわからなくなる。それはもう歌じゃない、音楽じゃない、ましてやメロディーや言葉やリズムなんかじゃない。悪くなって行くこと、どうしようもなく、いかなるあがきも居直りも狡猾さも少しのかいさえなしにただいたずらに崩れ流れて、無限大に拡大する不安と恐怖の中に、惨めさのなすすべもなしに広場の王子。そんな現在をただ拡大しただけの等身大のロック・バンド。
そんなバンドがガセネタだ。
(1978年11月発行『アマルガム』第1号より)
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ガセネタでは曲を4曲作った。
さいしょの2曲は「これの、どっちにするかだな」とかいいながら浜野が弾いてみせて、「いや、こっちはダメだ。これしかないな」と、(2曲目しかない)みたいなことをさいしょから言いはじめて、「じゃあ、1曲目はなんだったんだ」という気になるのだけれど、だいいちその「究極のこれしかない」2曲目というのは、まだロックっぽかった1曲目にくらべて、リフがひとつあるだけなんだから、音楽をやっているわけでもないぼくからすれば、まま子あつかいされた1曲目が不憫でならない。
それで勝手に「雨上がりのバラード」という名前をつけてやった。「どこがバラードなんだ」とは言われたけど、2曲しかないレパートリーの「勝負の分かれ目」みたいな「ガセネタのテーマ」曲にくらべて、おちゃらけた付け足しみたいなあつかわれようは、充分、泣きが入るところだ。
(『役立たずの彼方に 大里俊晴に捧ぐ』山崎春美の文章より)
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ガセネタ
雨上がりのバラード
作詞:山崎春美
作曲:浜野純
編曲:ガセネタ
もう何にもしゃべる気がしない 公園の日だまり
じりじりしたお日様に照らされ 行き倒れる老人
明るい太陽が薄張りのガラス窓を通して
青白い日光を投げ掛けては消える
ターンテーブルの上のレコードはすり切れてざらざらいう
コンクリートの固い地面に黙って唾を吐く
日曜日の雨はざぶざぶアスファルトの道に溢れて
辺り一面の落書きを洗い流す
目蓋の裏をメキシコの心臓がときめいている
発光した神経の糸に縫い付けられる目の蓋
つららみたいに冷たくなって触れない僕らのスクーター
黄色い砂漠の西の日照りにピアノのキーを叩く
グリーンハウスの真ん前で泡を吹く地下鉄
午後の病院の待合室にはいつも病人が住んでいる
今来た道を戻り直す無駄な反復の居眠り
ひびが入って割れそうになったダンロップ・タイヤ
くらくらして今にも消えそうな
青いろうそく 黒い瞳
焦点の定まらない
オート三輪のよだれ
雨上がりのバラード
オート三輪のよだれ
雨上がりのバラード
雨上がりのバラード
山崎春美(やまざき・はるみ)
1958年大阪生まれ。高校生だった1976年、阿木譲の雑誌『ロック・マガジン』でデビュー。上京後、松岡正剛「工作舎」へ入塾、伝説的自販機本『Jam』『HEAVEN』をはじめ数々の雑誌へ寄稿。音楽方面では、伝説の前衛ロックバンド「ガセネタ」「タコ」で活動。1980年代に「自殺未遂ライヴ」「天国注射の昼」など、複数のシーンであまたの《事件》を起こし、その禍々しい煌めきでカルチャー・シーンに火を放ったが、その後沈黙。2013年8月これまでの執筆活動を自選した初の単著『天國のをりものが 山崎春美著作集1976-2013』(河出書房新社)を刊行。近年「タコ」「ガセネタ」の音楽活動を再開。