なぜ大名は宿に鍋釜まで持ち込んだのか?旅籠と本陣はどう違う宿だったのか【江戸時代の暮らし】
江戸ばなし
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なぜ大名は宿に鍋釜まで持ち込んだのか?旅籠と本陣はどう違う宿だったのか【江戸時代の暮らし】
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江戸時代の東海道の宿場で、大名が風呂桶や鍋釜まで運び込んだ理由と、旅籠と本陣がどう違う宿だったのかを、日暮れの宿場を歩くようにたどります。
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作業中や眠る前に、そのまま聞き流してお楽しみください。
日が落ちかけた通りに、桶、七輪、漬物の桶、食器の箱が次々と門の内へ運ばれていきます。泊まるだけのはずの客が、台所ごと持って来ているのです。少し歩いた先のもう一つの門では、手ぶらで上がった客の前に、味噌の匂いのする膳が運ばれていきます。
同じ宿場、同じ日暮れなのに、運ばれる物の向きがまるで逆。本陣、脇本陣、旅籠屋――この三つはなぜ別の施設として、宿ごとに別々に数えられていたのでしょうか。
「だれが泊まる宿なのか」「膳はだれが用意するのか」。この二つを手に持って、五十三の宿場をつないだ街道の、二つの門のあいだを歩いていきます。
#江戸 #江戸時代 #徳川
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◆ 目次
0:00 第一章 同じ宿場に、ちがう二つの門
7:52 第二章 本陣は泊まる人が決まっていた
13:37 第三章 膳の上でわかる旅籠
19:30 第四章 どの旅籠に泊まるかを決める本
24:32 第五章 二階から招く宿、そして赤坂の大橋屋
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◆ 出典(主な参考資料)
・レファ協: 江戸時代に遠州地方の旅館で提供されていた名物料理は? https://crd.ndl.go.jp/reference/detai...
・レファ協: 江戸時代、特に天保期以降における深谷宿の遊郭・旅籠の屋号がわかる資… https://crd.ndl.go.jp/reference/detai...
・レファ協: 江戸時代後期の中山道の美濃十六宿の旅籠屋について、宿割図、宿並絵図… https://crd.ndl.go.jp/reference/detai...
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◆ 画像出典
本動画で使用した画像は、ウィキメディア・コモンズより引用しています。
・CC0 1.0:Utagawa Hiroshige/Rijksmuseum
・パブリックドメイン:Utagawa Hiroshige/豊国/広重/Andō, Hiroshige, 1797-1858, artist/Utagawa Kunisada/Utagawa Hiroshige II/Alfred Roussin/Jules Férat/Henry Linton/Alphonse Hermant/歌川国芳/Utagawa Yoshimori/Utagawa Kuniyoshi/Hishikawa Moronobu/Yosa Buson/Utagawa Hiroshige issei. Dessinateur du…/一蘭斎国綱/国綱/Utagawa Kuniteru II
・「矢矧橋東海道名所図会」竹原春泉齋(CC BY-SA 4.0) https://commons.wikimedia.org/?curid=...
※ライセンス全文:CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/...
※画像は動画用にトリミング・拡大・明るさ調整・文字入れ等の加工をしています。
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◆ 音声
VOICEVOX:Nemo 男声1
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※このナレーションは音声合成ソフトによるものです。
※語り手「江戸案内人」は架空の人物で、実在の人物の体験談ではありません。