エレクトーンGX-1とオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート
KEIKO MORIMATSU
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エレクトーンGX-1とオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート
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KEIKO MORIMATSU
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2019年11月8日
もりまつけいこの10年ひとむかしvol.3
~交響的室内楽としての電子オルガン作品〜
旧東京音楽学校奏楽堂
作曲 芥川也寸志
編曲 江川真澄
エレクトーン演奏 森松慶子
ピアノ演奏(オーケストラパート) 濵﨑香代子
1974年7月に東京文化会館で初演(エレクトーン沖浩一、指揮芥川也寸志、東京交響楽団され、私自身は学生時代に東京芸大芸術祭で初めて演奏、その後何度か再演してきました。芥川先生自身が、上野での保存のために尽力された奏楽堂でこの曲を再演させていただく機会を持てて、その巡り合わせに恐縮しながらも、2019年のエレクトーン(ステージア02X)で精一杯表現いたしました。
コンサート当日のプログラムより
初演は1974年7月3日(東京文化会館)指揮芥川也寸志、エレクトーン沖浩一、東京交響楽団。
45年前、デジタル化以前のエレクトーンに向き合っていた人達がこの楽器の将来に抱いた夢に、思いを馳せながら
奏者プロフィール(文責森松)
濵﨑香代子(ピアノ)
愛媛県出身、父の仕事の都合で徳島県を経て高松と岡山を行ったり来たりしながら成長。大学受験の時期は岡山に住んでおり、母親から「下宿はさせません」と言われたので地元岡山大学教育学部中学校教員養成課程音楽専攻に進学。そのわずか数ヶ月後に同じく母親から「お父さんが転勤になったから、私はお父さんに付いて行く。貴女は急いで自分が住む場所を探しなさい」と言い渡され、目が点になった。中学、小学校で教鞭をとった後、大学の2年上の先輩とゴールイン、彼の郷里、和歌山県みなべ町に移住。2人の娘が巣立った今も彼を呼ぶときは“濵﨑センパイ”。非常にシャイな性格で、ステージで堂々たる大曲をドッカーン!と弾き終わった途端にそれまでの名手のオーラがかき消え、申し訳なさそうに急いでお辞儀をし、伏し目がちに退場していくのが持ち味。
そもそも、(エレクトーンがオーケストラに似ているかどうかを基準に評価されるから)とコンチェルトを弾くことには興味がなかった森松をコンチェルトに誘い、デュオやトリオなど室内楽的編成でコンチェルトを演奏するのは音色がオケに似ているかどうか以前に演奏として面白いことに気づかせ、森松が毎年商店街の夜祭で軽トラックの上にエレクトーンを乗せて「ストリートコンチェルト」なる企画で路上でコンチェルトばかりのコンサートまでするに至った端緒を開いた人物。
森松慶子(エレクトーン・作編曲)
お茶の水女子大学哲学科卒業、東京芸術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院音楽研究科音楽学専攻修士課程修了。芸大在学中安宅賞受賞。ヤマハエレクトーンコンクール全日本大会1989、90、93 年出場、90 年自作曲演奏部門入賞。国立音楽大学・東邦音楽短大講師を経て、現在、音楽ライター、日本電子キーボード音楽学会編集委員、アマービレ電子オルガンコンテスト実行委員会代表。
現在は住まいのある和歌山を中心に、時々京都・大阪、稀に東京で、学校、地域や福祉機関、イベント主催者、個人の演奏家等からの依頼を受けての演奏に年間30~50本出動、森松本人主催の演奏会を年間2〜3本企画・開催している。ソロ演奏やアンサンブル、合唱やオペラの伴奏、よさこいやバレエ、ジャズダンス、演劇とのコラボレーション、コンチェルトのオーケストラパート、音楽療法のための演奏など、地域の多彩な音楽需要に鍛えていただく日々。それぞれの現場での経験を土台に電子オルガン関連の論文を執筆、毎年日本電子キーボード音楽学会学会誌等に投稿し、演奏の実践と演奏に関する思考とを車の両輪として、電子オルガンの楽器としてのアイデンティティを飽かず追求し続けている。
本日は専門の業者さんに楽器の貸し出し/搬出入をお願いしたが、通常はどこに行くにも楽器運搬とセッティングはセルフ。廃車になるところを譲ってもらった愛車ボンゴに分解したエレクトーンを積み、ナビもスマホも持たず、紙にメモした略図を頼りに全ての現場を目指す昭和型ドライバー。