20261018礼拝メッセージ「朝も夕も種を蒔く」伝道者11:1-6
大内福音教会
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伝道者11:1あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたはそれを見いだそう。:2あなたの受ける分を七人か八人に分けておけ。地上でどんなわざわいが起こるかあなたは知らないのだから。:3雲が雨で満ちると、それは地上に降り注ぐ。木が南風や北風で倒されると、その木は倒れた場所にそのままにある。:4風を警戒している人は種を蒔かない。雲を見ている者は刈り入れをしない。:5あなたは妊婦の胎内の骨々のことと同様、風の道がどのようなものかを知らない。そのように、あなたはいっさいを行われる神のみわざを知らない。:6朝のうちにあなたの種を蒔け。夕方も手を放してはいけない。あなたは、あれか、これか、どこで成功するのか、知らないからだ。二つとも同じようにうまくいくかもわからない。
「あなたのパンを水の上に投げよ。」11:1は伝道者の書の中で、最も有名な御言葉だと思っています。ただ、この節は11:1-6の中にあり、そう語られた背景も今回学びたいと思います。
1・積極的な投資的行動
:1あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたはそれを見いだそう。:2あなたの受ける分を七人か八人に分けておけ。地上でどんなわざわいが起こるかあなたは知らないのだから。
1節の「あなたのパンを水の上に投げよ」と同じ方向性の御言葉は、新改訳聖書の注にあるように
ガラテヤ6:9善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。
が代表的だと思います。すぐに報いは期待できなくても、善をし続ける、愛し続けるとき、後になって報いがある。
また、1節の解釈には、パンを商品と見立て、「水の上に投げる」を「船に積んで貿易をする」と言う解釈もあるそうです。アメリカの有力な聖書NEBはその解釈にたって、1節を「あなたの穀物を海を越えて送れ」と意訳しているそうです。
また、
:2あなたの受ける分を七人か八人に分けておけ。
も、投資先を分散するのが、投資の鉄則です。あまりにも商売的な発想かもしれませんが、投資は、投機と違い、リスクは覚悟するが、相手を潤し、祝福のリターンを期待することでは、まさに神の言葉のメッセージです。
日本人は、冒険をしない国民性があり、お金を持っていてもタンス預金をしたり、せいぜい銀行に預ける場合が多いそうです。結局銀行も本業は投資ですし、日本人は、資本のもう一つ増えると言う性質を多くの人が利用していないことになります。
:3雲が雨で満ちると、それは地上に降り注ぐ。木が南風や北風で倒されると、その木は倒れた場所にそのままにある。:4風を警戒している人は種を蒔かない。雲を見ている者は刈り入れをしない。
と御言葉が続きますが、確かに、雲が線状降雨帯でやってくれば、大きな水害が起こりますし、台風が来たら大木も倒れます。でも、そう言う最悪な事態ばかりを考えて、種を蒔かず、刈り入れをしなかったら、収穫という恵みを受けることができません。イエス様も、タラントの例えで言われました。
マタイ25:26ところが、主人は彼に答えて言った。『悪いなまけ者のしもべだ。私が蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めることを知っていたというのか。:27だったら、おまえはその私の金を、銀行に預けておくべきだった。そうすれば私は帰って来たときに、利息がついて返してもらえたのだ。:28だから、そのタラントを彼から取り上げて、それを十タラント持っている者にやりなさい。』:29だれでも持っている者は、与えられて豊かになり、持たない者は、持っているものまでも取り上げられるのです。:30役に立たぬしもべは、外の暗やみに追い出しなさい。そこで泣いて歯ぎしりするのです。
今回、息子の世話だ、日曜日に結婚式がある、お金がかかると、短期宣教に行きたいと一ミリも思わず、行けないと思い続けていた私が、思い切って、障害を乗り越え、短期宣教に行ったのは正解だったと思います。日曜日の結婚式の司式を請け負っていることは、確かに短期宣教に行くにはリスクで、短期宣教に行きますと言わなかったこともありますが、中東に9月18日に着いた早々、結婚式場から「こちらの手配ミスで、お知らせするのを忘れていましたが、9月20日の結婚式の司式をやるか、誰かに手配してくれませんか」と連絡が入り、知り合いの宣教師に連絡するも行けないと断られ、心が騒ぎましたが、その思い煩いを主に委ねた時、「わたし自身がお前を中東に遣わしたのだ。」と主が私に語ってくださって、すごい恵みの短期宣教を終え帰国してみると、結婚式場は、私が一度ご紹介したことがある広島市の牧師先生を依頼していたことがわかり、ホッとしました。主はそこまで手を回してくださいました。
そんなわけで、短期宣教は、百聞は一見に如かずですし、良い思いをさせていただきました。リスクがなかったわけではありませんが、想像した以上のリターンがありました。中東では、日本の食文化を紹介するために、お好み焼きを2回作りましたが、2回目は、リスキーな状況の中で作り、成功するか心配でしたが、子供が小さいときからお好み焼きを焼き続けた経験が生きました。また、中東にはバイオリンを持って行きました。途中で置き忘れるのではないか?盗まれるのではないかと心配したし、中東に行ってもバイオリンを弾く機会はないのではないかと思いました。でも、ギターを一生懸命弾く人とチームでゴスペルを演奏しましたし、アラビアンミュージックでバイオリンを弾く人がいて、その人とコラボが実現しました。また、日本の文化が大好きで、すこし日本語がわかる人の前では、「時そば」の落語を演じました。また、「解放の祈り」もメンバー、長期宣教師、現地の方にすることができ、リスクを越えて中東に行って、自分が想像した以上に賜物や経験が生かされました。
2・主のみわざがわからないからこその行動
:5あなたは妊婦の胎内の骨々のことと同様、風の道がどのようなものかを知らない。そのように、あなたはいっさいを行われる神のみわざを知らない。:6朝のうちにあなたの種を蒔け。夕方も手を放してはいけない。あなたは、あれか、これか、どこで成功するのか、知らないからだ。二つとも同じようにうまくいくかもわからない。
:2・・・地上でどんなわざわいが起こるかあなたは知らないのだから。
2007年という年は、私にとっては忘れられない年でした。1月に松田牧師が召されました。岳父である松田牧師からは色々と助けてもらっていましたが、私にとってはその助けがなくなった思いでした。保育園も入園児が目に見えて減っていました。運動会をやるたびに、来年も運動会ができるだろうか心配していました。そんな年の9月に息子が大怪我をしました。その時は、本当に何が起こるかわからないと思いました。「ドッキリで、嘘でした。チャンチャン」であってくれと何度思ったか。その現実を受け止めることができませんでした。九州に入院した息子のところに毎週通っている時、同居した父に認知症の症状が現れ、私自身が介護する必要が出てきました。2010年度は、在園児は10名になり、保育士さんにはやめていただいて、短大の保育科を卒業する三男に2年だけという約束で、保育園の保育士になってもらい、私たちは無給という家内工業で園児10名の保育園を維持して行こうと決めました。しかし、その年の前半、途中入園者が一人もなく、来年度は保育園経営ができない状況になり、父の介護もあるし、息子のこともあるし、牧師と園長の二つの仕事をするのは無理だと、その年の6月に閉園を決め、次年度の募集をやめ、在園時には、他の園に移っていただくことをお願いしました。すると7月の上旬に突然父が召され、2011年3月の閉園直前に東日本大震災が起こり、三男は、東北に3回ボランティアに行く中で、自分の行く道はここだと、東北に国内宣教師として派遣されることを決心しました。ただ、保育園を閉園してみると、ギリギリ経営の保育園が教会の光熱費をカバーしていたし、この時期に、数人の信徒が教会に来なくなったことがあり、私はアルバイトを余儀なくされました。私の神学では、アルバイトは牧師の敗北でした。とても、国内宣教師をサポートしきれない教会は、山口県の教会や全国のJCMNの諸教会のサポートを得てなんとか派遣している状況でした。
そんな状況の中で、「国内宣教師をサポートできることは近隣の教会にとって祝福です。」とI牧師はおっしゃり、週に一回、私とのLTG(互いのことを分かち合い、祈り合う)を提案してくださいました。それは大げさでなく私にとって命綱でした。毎週木曜日の夜8時が待ち遠しかった。話した内容はほとんど覚えていませんが、I牧師が、牧師としての本音を洗いざらい話されて、いつも腹を抱えて笑っていたことを覚えています。それで、私は支えられ、成長しなければならないというきっかけをいただきました。それがあったからこそ、孤独な信徒、牧師を作らないと、定期的に希望される信徒、牧師とお交わりの時を持っています。現在、大内福音教会の信徒の方以外では、12人います。その中で、信徒の方は3人、宣教師1人、牧師8人です。ちょっと多いかなとも思いますが、「私の種を朝も昼も巻いて行こう」とお交わりを続けています。
:6朝のうちにあなたの種を蒔け。夕方も手を放してはいけない。あなたは、あれか、これか、どこで成功するのか、知らないからだ。