ー客車改造気動車ー 加悦鉄道キハ08(1985年3月)
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ー客車改造気動車ー 加悦鉄道キハ08(1985年3月)
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京都北部の丹後地方に、かつて存在した加悦鉄道と元国鉄気動車キハ08の映像です。
宮津線の丹後山田(現、京都丹後鉄道与謝野駅)から、加悦までの5.7kmを運行していたローカル私鉄で、製錬所からの貨物輸送も担っていました。
国鉄合理化による宮津線の貨物営業廃止で、稼ぎ頭だった貨物輸送を失ったことから、1985年5月に廃止となりました。
撮影は廃止前の1985年3月に訪れた晩年の映像で、キハ08 03(国鉄時代は釧路機関区配置)またはキハ10 18(同、豊岡機関区配置)のどちらかが、昼までの時間帯のみ、4往復するダイヤでした。
この日に稼働していたキハ08 3は、※客車改造気動車で種車はオハ62形の最終番号、元オハ62 130です。1962(昭和37)年に苗穂工場でキハ40 3として竣工後、1966年には、登場予定だった近郊型キハ45に系列番号を譲ってキハ08 3に。国鉄で引退後の1971(昭和46)年に遠く北海道から当地へやって来ました。
入線の翌年に使用を開始しましたが、社名標記の追加と若干色合いが異なる加悦鉄ツートン色への変更、運転台とデッキ間にあった便洗面所が撤去された他は、国鉄時代のままでした。2026年現在、路線廃止後の保存先だった「加悦SLの広場」(2020年閉園)に放置状態で荒廃も進みつつあり、去就が注目されます。
00:00 沿線走行等。列車の速度は全線総じて低速運転でした。
01:11 時雨模様の丹後山田駅にて。構内は国鉄と共用で南寄り5番線が加悦鉄道ホームになります。本屋寄りホームからは新車だった宮津線のキハ47×3が発車。両運転台
の新旧キハ40の並びを見たかったところですが、宮津線を受け持つ福知山管内には当時、同型の配置はなく、実現しなかったのが惜しまれます。
キハ08の元トイレ・洗面所は荷物室代わりになっていて、天井近くの照明灯はその名残でした。
02:24 丹後山田を発車、デッキの扉は客車時代のまま。最初の停車駅、水戸谷をはじめ、5つの中間駅が存在しました。途中、駅もない所で突然停車。降りた運転士が足で線路脇に寄せていますが、沿線の畑から飛んできたブリキ板が落ちていたようです。
04:58 車内の設備は旧客時代と何ら変わりません。元、オハ62形(オハ61の北海道用)だったこともあり、立て付けこそ悪くなっていましたが二重窓も健在でした。
走行音はキハ58や23等と同じDMH17H横型エンジン音ながら、雰囲気は倉吉線あたりのローカル線をノロノロと走る旧客。異色的な車両でした。
07:55 終着、加悦駅に到着です。構内は方々に朽ちかけた明治時代の古典客車や、元東急の電車、DL、SL…etc。手入れされた文化財級の車両も保管されており、入場券を買えば、これらを自由に見学することが出来ました。
しばし小休止の後、列車は折り返して丹後山田へ向かいます。客車改造気動車の排気管は床下にあり、サイドマフラー仕様だったことが判ります。
※客車改造気動車について
当時、気動車不足の解消策として、鋼体化客車オハ60系列を種車に、オハ62→初代キハ40(キハ08)、オハフ62→初代キハ45(キハ09)、オハ62→キサハ45、オハフ61→キクハ45の4形式が登場。
札幌・室蘭・釧路・山形・徳島の各地区に投入されました。
このうちキハ40は両運転台形式で、札幌近郊では方運転台形式のキハ45と共に、函館本線や札沼線でキハ21、22、56や、定山渓鉄道の国鉄乗り入れ車とも併結で運転されていたようです。
当初は輸送不足の救世主として出現した客車改造気動車でしたが、
*重量と出力の関係から運用区間も平坦線に限られるなど、その活躍期間はどれも数年と短かく、国鉄線上からは早々に姿を消しました。
*冷房付キハ58(約39.2t)・キハ08(38.9t)
なお、こちらの方が根室本線時代のキハ08 03をブログで公開されています。
https://tsushima-keibendo.a.la9.jp/ka...
https://drfc-ob.com/wp/archives/164301