あのころ聞いた音楽 65 須藤薫 HELLO AGAIN ~坂道はパール色 #jpop #須藤薫
落陽親父
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あのころ聞いた音楽 65 須藤薫 HELLO AGAIN ~坂道はパール色 #jpop #須藤薫
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落陽親父
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太陽がのぼり、沈む @落陽親父は数多くの昭和のアーチストたちを
今思うに、もう鬼籍に入られた人も多く。
あの時代に1970年からほぼ20年すこしのあいだに
ルネッサンスのようにさまざま、有能な音楽家がでてきて
歌手もそうだし、歌もそうだし
「なんで、あのころは 湧き出てきたのか?」
たぶん、いまでも有能な若者は絶対にいる。砂丘の中の石ころのように
埋もれてる。
でも でてこないし。でてこれない。
音楽市場は、おそらく今の千倍以上の能力があったにちがいない。
なぜ、衰退したのか、なぜ、こうなったのか
今がだめだと、いうつもりはない。
昔はすごかった、なんて、じいさんの話だ。
が、あの時代は携帯やスマホはない。
その若者がいま費やすスマホ代がそっくり音楽市場などに
費やされていたのではと、思う。
須藤薫さん
須藤 薫(すどう かおる、1954年5月1日 - 2013年3月3日)は、東京出身の女性歌手である。ポップスシンガーとして活動した後、杉真理とのユニット「須藤薫&杉真理」を結成し、ライブ活動を中心に活動していた。
獨協大学経済学部経営学科(岡田ゼミ)卒業。大学在学中から歌手活動をはじめ、1979年、CBSソニーから「やさしい都会」(作詞:荒井由実、作曲:筒美京平)でデビュー[1]。
松任谷由実の1980年発表のアルバム「SURF&SNOW」にコーラスで参加し注目される。
1980年代はアメリカンポップスを中心に、大瀧詠一や杉真理などからの楽曲提供やプロデュースを受け、ポップスシンガーとして活動する。
特に1981年の「あなただけI LOVE YOU」(作詞・作曲:大瀧詠一)、1982年「涙のステップ」(テレビ朝日系ドラマ「かぼちゃ物語」)は代表曲である。
1982年から1983年にかけて松任谷由実、杉真理とのジョイントコンサート「Wondeful Moon」を開催。
須藤さんが亡くなる前に、
音楽活動を再スタートされ、神戸のチキンジョージで震えながら
何年かぶりのライブをやられ、これからだというときに
この世を去った。実に悲しかった。
ぼくが学生のころ、1981年ごろか、大学のなんとか祭りによべれて
こられました。
亡くなられて10年もたつとは、
ご冥福をお祈り申し上げます。