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第3話|1691年、ケンペルが見た豊かな日本|オランダ商館の医師の『日本誌』 #江戸時代 #日本史

人類の遺産 | 日本の歴史

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第3話|1691年、ケンペルが見た豊かな日本|オランダ商館の医師の『日本誌』 #江戸時代 #日本史

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人類の遺産 | 日本の歴史
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【11月3日・文化の日に寄せて】335年前、異国の医師ケンペルが書き残した日本の暮らしと文化。 1691年、オランダ商館の医師が歩いた、日本の街道です。その道は日によって、ヨーロッパのどんな大都会の通りよりも、人であふれていました。 西洋から来た医師の目に、元禄の日本はどう映ったのでしょうか。 ドイツ生まれの医師ケンペルが見た江戸時代の日本。出島から江戸まで、のちに『日本誌』と呼ばれる旅の日記を手がかりに、長崎・瀬戸内・大坂・京・東海道・江戸へ、日記の順に16か所、町並みと暮らしをたどります。 掃き清められた道、1000の舟が行き交う大坂、同じ大きさの畳、人の手で渡る大井川、宝永山のない富士、すだれの向こうの将軍、そしてこの本から生まれた「鎖国」という言葉を、その記録とともに再現します。 人類の遺産「異国の旅人が見た日本」第3話。外国から訪れた人の記録を手がかりに、過去の日本の街と暮らしを見つめるシリーズです。 この映像はケンペル『日本誌』を軸に、同時代の日本の文献や絵図を参照したAI再現です。人物の顔や建物の細部には推定を含み、当時の実写映像ではありません。ケンペル本人の確かな肖像は残っていないため、人物は再現です。日付は原文(西暦)の表記です。 【目次】 0:00 ケンペル、嵐をこえて長崎の港へ 2:07 掃き清められた九州の道を行く 3:12 頂上まで耕された島々と赤穂の城 3:57 1000の舟が行き交う大坂 4:53 大坂から京へ、物を作らない家はない都 5:40 松並木がはじまる近江の東海道 6:18 ヨーロッパより人があふれる道 7:11 熱田で大名と同じ宿に泊まる 8:12 はじめて富士が見えた浜辺へ 8:48 人の手で大井川を渡る 9:22 雲の帽子をかぶった富士を見る 10:11 杉並木を越えて小田原の白い町へ 10:38 知られるかぎり一番大きな町、江戸へ 11:47 すだれの向こうに将軍・徳川綱吉がいる 13:12 江戸で、すだれ越しに手渡されたもの 13:47 帰り道で見た大仏と三十三間堂の1000の観音 14:54 ケンペルの目に残った日本と「鎖国」という言葉 【主な資料】 ・エンゲルベルト・ケンペル『日本誌』(The History of Japan)1727年ロンドン初版・1906年版:Internet Archive ・石川流宣『日本海山潮陸図』1691年:国立国会図書館 https://dl.ndl.go.jp/pid/1286173 ・遠近道印作・菱川師宣画『東海道分間絵図』1690年:国立国会図書館 https://dl.ndl.go.jp/pid/1287733 ・『人倫訓蒙図彙』1690年 ・ケンペル自筆の道中図:David Rumsey Map Collection ・志筑忠雄訳『鎖国論』1801年:国立国会図書館 電子展示「知識を世界に求めて」 ・国文学研究資料館『ふみ』16号(ケンペル旧蔵資料・大英図書館) ・菱川師宣の絵(1680年代):メトロポリタン美術館 ・気象庁「宝永4年(1707年)富士山噴火の概要」 原文の短い引用と参考図版を画面に表示しています。 #江戸時代 #日本史 #ケンペル #外国人が見た日本 #日本の歴史 #歴史解説 次はどこを分解しましょうか。コメントで教えてください。 ─────────────── ビジネス関係のお問い合わせ: kanno321@gmail.com