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「セレブ妻」の実像は、3.8畳の寝室と丸紅の嘘だった|新宿・渋谷エリートバラバラ殺人事件・三橋歌織

深層事件簿

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「セレブ妻」の実像は、3.8畳の寝室と丸紅の嘘だった|新宿・渋谷エリートバラバラ殺人事件・三橋歌織

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2006年12月16日、東京・西新宿の路上に、ビニール袋が置かれていました。 中に入っていたのは、人の上半身でした。 12日後、渋谷区の空き家の庭で下半身が見つかり、DNAで30歳の会社員と分かります。 年が明けた1月10日、警察は妻を逮捕しました。三橋歌織。32歳。 夫は外資系の不動産投資会社に勤め、妻は白百合女子大を出た社長の娘。 報道は「エリート夫」「セレブ妻」と呼びました。 ふたりが住んでいたのは、38平方メートルのマンション。寝室は、3.8畳でした。 一審では、検察側と弁護側の鑑定医がそろって「心神喪失」と判断しました。 それでも判決は、懲役15年。 この動画で追いかけるのは、次の3つです。 ・なぜ、寝ている夫を殴ったのか。引き金になった1本の録音 ・「セレブ妻」と呼ばれた女性は、実際には何をしていたのか ・2人の鑑定医が心神喪失と言ったのに、なぜ懲役15年になったのか ---------------------------------------------------------------------- 【ふたりの実像】 ■ 妻・三橋歌織(事件当時32歳) ・新潟の会社社長の娘。父の意向で東京の白百合女子大学へ ・出会ったとき「丸紅に勤めている」と話していたが、実際は派遣の短期雇用。履歴書に虚偽記載 ・ブランド品の万引きを繰り返し、逮捕歴あり ・実家から月40万円の仕送り。その一方で、ソープランドでアルバイトをしていたことが法廷で明らかに ■ 夫・三橋祐輔さん(30歳) ・2浪で大学へ。司法試験・公務員試験に挫折し、出会ったころは法律事務所のアルバイト(月収15万円) ・借金300万円、奨学金の返済。「歌織にばれたら死にたいくらい恥ずかしい」 ・のちに投資銀行のグループ会社(外資系不動産投資会社)に勤務 → 報道の「エリート」 ■ 結婚生活 ・2002年11月 合コンで出会う。翌日「運命の女と出会ったんだ。背が高くて、きれいで、すごいお嬢様で、しかも丸紅に勤めている」 ・2003年3月 結婚(妊娠がきっかけ。同じ3月上旬に中絶) ・代々木公園近くのマンション、38㎡・寝室3.8畳・家賃12万円(「歌織が広い部屋でないとだめだと言うから」) ・歌織の供述では婚姻届の約1週間後から夫の暴力。シェルターに避難しPTSDと診断。シェルターを無断で抜け出し夫のカードで高価な靴を購入 ・法廷では暴力が一方的ではなかったことも明らかに。歌織も夫を蹴り、ビンタをし、突き飛ばした ・互いに不倫相手がいた ---------------------------------------------------------------------- 【録音と、12月12日】 ・歌織は夫と不倫相手の電話をICレコーダーで録音。夫の声は「家事は手伝うからね」「子どもを作ろう」「結婚式をあげよう」 ・2006年12月11日深夜、夫は帰宅。話し合いはなく、そのまま就寝。喧嘩はなかった ・12月12日早朝、寝ている夫の頭を、中身の入ったワインボトルで殴って殺害。自宅でのこぎりで切断 ・12月14日 上半身をタクシーで西新宿の路上へ。下半身は渋谷区の空き家の庭へ。頭部はバッグに入れ電車で町田市の公園へ。左の腕と右の手首は家庭ゴミに ・12月15日 歌織が捜索願。その後、部屋をリフォームし、夫を装って高校時代の同級生にメール ・12月16日 西新宿で上半身発見(当初は外国人・暴力団抗争の見方)。12月28日 渋谷で下半身発見、DNAで判明 ・決め手は夫の上司。自宅マンションの防犯カメラで夫が帰宅していたのを確認し、妻の説明と矛盾 ・2007年1月10日 死体遺棄容疑で逮捕。供述どおり町田市の公園で頭部発見 ---------------------------------------------------------------------- 【裁判 ── 2人の鑑定医と、3人目】 | | 日付 | 内容 | |---|---|---| | 初公判 | 2007年12月20日 | 東京地裁。起訴事実を認め、弁護側は心神喪失・耗弱を主張 | | 鑑定人尋問 | 2008年3月10日 | 検察側・弁護側の鑑定医がともに「犯行時は心神喪失」。検察の再鑑定請求は却下 | | 論告求刑 | 2008年4月10日 | 検察「鑑定の結果は全く信用できない」懲役20年 | | 一審判決 | 2008年4月28日 | 懲役15年。「責任能力は行動や動機などを総合的に判断するもので、鑑定結果には拘束されない」 | | 控訴審 | 2009年3月31日〜 | 東京高裁。裁判長が職権で3回目の鑑定 → 「責任能力に問題なし」 | | 控訴審判決 | 2010年6月22日 | 控訴棄却。「被害者から暴力を受け続けるなど酌むべき事情もあるが、犯行は冷酷で結果は重大」 | | 確定 | 2010年6月29日まで | 弁護側が上告権を放棄。懲役15年確定 | 一審判決は、動機がはっきりしていること、犯行後に遺体を遺棄し隠蔽工作をしていることを重く見て、完全責任能力を認めました。 「無防備の被害者を殴打して殺害し、遺体を切断した犯行は余りにも残酷だ」 裁判員制度を控えたモデルケースとして注目され、弁護側・検察側が同時に鑑定医に質問する異例の形式がとられました。 ・2016年、この事件を題材にした映画『ひかりをあててしぼる』が公開されています ・懲役15年の刑期は計算上すでに終わっている時期ですが、出所の時期や現在については公表されていません