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1994年福島―消えた花嫁。鴉ノ間が示した「一月四日の電話」

未解決事件簿・鴉ノ間

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1994年福島―消えた花嫁。鴉ノ間が示した「一月四日の電話」

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未解決事件簿・鴉ノ間
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「はい、質問。私な、死刑判決を受けたやんか。いつ頃執行されるの?」 ― 死刑判決確定二日後、大阪拘置所での面会にて、筧千佐子被告の言葉。  (小野一光『全告白 後妻業の女 筧千佐子』文春オンライン2021年8月9日) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 二〇年、京都府、兵庫県、大阪府の三府県で、十人以上の高齢男性が、次々と亡くなっていきました。全員が六十代後半から七十代の高齢者でした。全員が、結婚相談所を通じて、一人の女性と出会っていました。全員が、婚姻届の提出から半年から二年以内に、「急性心不全」と診断されて亡くなっていました。そして、全員が、死の直前に「公正証書遺言」を作成しており、その受取人の欄には、同じ一人の女性の名前が、記されていました。 しかし、この十件以上の死は、二〇年もの間、一つの繋がりを持つものとして、認識されることは、ありませんでした。 なぜ、日本の警察も、公証役場も、行政も、結婚相談所も、地域の民生委員も、そして、遺されたご遺族の方々でさえも、この二〇年にわたる「見えない糸」に、気付くことができなかったのでしょうか。 その問いに対する答えは、この事件が、日本の高齢化社会の中に静かに用意されていた、いくつかの制度的な「空白」を、一つずつ、丁寧に、そして冷静に、繋ぎ合わせていった記録であったからです。― 結婚相談所を通じた高齢者の再婚。公正証書遺言の制度的信頼性。行政解剖の低い実施率。地域から切り離されて暮らす独居の男性たち。都府県ごとに独立した警察組織。そして、婚姻ごとに変わっていく、女性側の「姓」。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 事件が初めて外側から切り開かれたのは、二〇一三年十二月下旬、兵庫県伊丹市の、ある一つの朝の情景でした。七十五歳の男性Aが、寝室で、心肺停止の状態で発見されます。診断は「急性心不全」。当初、行政解剖が実施される予定は、ありませんでした。 しかし、男性Aの前妻との間に生まれた実子が、父の再婚相手であった女性の、あまりにも整然とした、あまりにも準備の整った振る舞いに、強い違和感を持ちました。その違和感は、遺族から、地域の民生委員へ。民生委員から、地元の警察署の生活安全課へ。そして最終的には、兵庫県警の捜査一課へと、静かに、しかし確実に、伝えられていきました。 そして、その伝達の途中で、あるベテラン刑事が、こう呟いたと言います。― 「同じ女性の周辺で、以前にも、似たような話を、聞いたことがある気がする」。 その一言が、二〇年にわたって、京都・兵庫・大阪の三府県の書類の中に閉ざされていた、十件以上の「急性心不全」の記録を、一枚ずつ、開いていく契機となったのです。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 二〇一四年十一月、大阪府警は、筧千佐子被告を、殺人容疑で逮捕しました。三年にわたる裁判の末、二〇一七年十一月、京都地方裁判所は、被告に対して、三件の殺人と一件の殺人未遂の罪により、死刑判決を言い渡しました。判決は、大阪高等裁判所、そして最高裁判所においても、支持され、二〇二一年六月、法的に確定するに至りました。 しかし、公式に立件されたのは、この四件のみでした。残された七人以上の死は、いまも、行政の記録簿の中に、「急性心不全」あるいは「自然死」として、閉じられたままです。 そして、二〇二四年十二月二十六日。筧千佐子元死刑囚は、大阪拘置所において、七十八歳で、その生涯を閉じました。死刑執行命令書の署名は、最後まで、なされることのないままでした。二〇二五年二月、大阪高等裁判所は、被告の再審請求について、申立人本人の死亡を理由として、審理を終了する決定を、下しました。 近畿連続青酸死事件は、法的に、完全に、そして永久に、閉じられることになりました。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 未解決とは、まだ書かれていないだけの結末である。― 鴉ノ間の記録は、そう記しています。しかし、この事件においては、その結末は、既に書かれた上で、被告本人の死とともに、行政の書棚の最奥に、静かに、収められることになったのです。 そして、書かれることのないまま、閉じられた七人以上の死は、いまも、日本の高齢化社会の記録の中に、静かに、残されています。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【目次】 00:00 プロローグ ― 十人の死、八億円の設計図 03:00 File No.008、記録を開きます 06:00 章 1|二〇一三年十二月、伊丹市の朝 14:00 [黒井拓治の手記 その一] 16:30 章 2|一九九〇年代、日本の高齢者結婚市場 23:00 章 3|筧千佐子という人物 ― 公開経歴の範囲で 30:30 章 4|婚姻の連鎖 ― 一九九四年から二〇一三年までの二十年 39:00 [黒井拓治の手記 その二] 41:30 章 5|公正証書遺言という「装置」 49:00 章 6|空白の十九年 ― なぜ、誰も気付かなかったのか 57:00 [黒井拓治の手記 その三] 59:30 章 7|二〇一四年、大阪府警の再捜査 66:00 章 8|再捜査と対決 ― 二〇一四年から二〇一七年までの三年 73:00 章 9|京都地裁の判決、大阪高裁、そして最高裁確定 80:00 [黒井拓治の手記 その四] 82:30 章 10|二〇二四年十二月二十六日、遺されたもの、遺されなかったもの 88:00 エピローグ ― 一つの朝の違和感が、光の下へと押し出したもの ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【本エピソードで参照した資料】 ・京都地方裁判所 判決 二〇一七年十一月 ・大阪高等裁判所 控訴審判決 ・最高裁判所 上告棄却決定 二〇二一年六月 ・日本経済新聞 二〇二四年十二月二十六日「筧千佐子死刑囚が死亡 連続青酸殺人事件」 ・日本経済新聞 二〇二五年二月七日「筧千佐子元死刑囚の再審終了決定 大阪高裁、申立人死亡で」 ・小野一光『全告白 後妻業の女 筧千佐子』(文藝春秋) ・文春オンライン 二〇二一年八月九日、二〇二四年十二月二十七日 獄中面会記録関連 ・警察白書、法務省統計、厚生労働省高齢者関連統計 ※本編中の年月日、判決内容、被告の発言、統計数値は、上記の公開資料に基づいております。立件された四件以外の被害者、および立件対象被害者のご遺族については、ご配慮の観点から、氏名の公表を控え、匿名化した形で言及しております。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【この事件について、公表されていることと、公表されていないこと】 ○ 公表されている事実:筧千佐子被告の氏名、判決内容、犯行手口の概要(青酸化合物投与)、二〇二一年六月最高裁判決確定、二〇二四年十二月大阪拘置所内死亡、二〇二五年二月再審請求審理終了。 △ 部分的に公表されている事項:立件対象四件の被害者男性の年齢と居住府県(氏名は判決文で確認可能だが本編では匿名化)、被告の生い立ちの概略。 × 公表されていない・匿名化する事項:立件されなかった七人以上の被害者の氏名・詳細、ご遺族の私生活、被告の親族の詳細、担当警察官・検察官・裁判官の実名。 本編では、加害者に対する性急な人格評価、および、動機の断定的推定は、意図的に避けております。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【この事件が示した、日本社会の五つの「空白」】 一|結婚相談所を通じた高齢者の再婚市場の、監督体系の緩さ 二|公正証書遺言の、公証役場間の記録横断検索システムの不在 三|行政解剖率の低さ(全国平均で変死体の約十パーセント) 四|都府県ごとに独立した警察組織の、広域不審死照合の限界 五|独居高齢者の、地域社会からの静かな孤立 この五つの空白は、二〇二五年現在も、根本的には、埋められていません。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【関連する記録】 ▶ File No.011 「一九九六年、坪野鉱泉 ― 二十四年後、海底からの引き上げ」  → [リンク] ▶ File No.010 「浜松・寿楽寺住職殺害事件 ― 姉の毎朝、二十三年」  → [リンク] 【プレイリスト】 ▶ 【平成の未解決事件・地方警察の長い夜】 ▶ 【制度の空白 ― 保険金・遺言・遺産の記録】 【チャンネルメンバーシップ】 ▶ 記録員(¥490)/ 研究員(¥990)/ 特別顧問(¥2,990) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 事件は必ず、誰かの日常に隠れている。 ― 元刑事 黒井拓治 ここは、未解決事件簿・鴉ノ間。 次の記録で、またお目にかかります。 🐦‍⬛ #近畿連続青酸死事件 #筧千佐子 #高齢者連続殺人