【大正天皇の母を出した】公家の家格「名家」とは?なぜ大納言まで昇れたのか
日本史の余白 - 文脈で紐解く
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【大正天皇の母を出した】公家の家格「名家」とは?なぜ大納言まで昇れたのか
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江戸時代の公家には、六つの家格がありました。上から五番目の「名家」は、羽林家より一段下。それなのに、昇りつめる官職の高さは同じだったといいます。刀ではなく筆で朝廷を支えた家々は、どうやって同じ高さに届いたのでしょうか。
▼この動画でわかること
・大正天皇の母は、石高わずか二百二石余とされる公家の娘だった
・格は羽林家より一段下。それでも昇れる官職の頂点は同じだった
・同じ家格の中で、家の石高におよそ六倍の開きがあった
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【再生リスト】公家の家格と暮らし——序列の頂点から下位まで
• 公家の家格と暮らし——序列の頂点から下位まで
【関連動画】公家の家格「羽林家」とは?摂家でも清華でもない、朝廷の実務を握った家格(本編で名家と比べた武官系の家格。二つの道の片方を先に見ておくと対比が効きます)
• 公家の家格「羽林家」とは?摂家でも清華でもない、朝廷の実務を握った家格
【関連動画】【江戸時代】公家の“家格”6段の序列——なぜ格の低い家から有名人が出たのか(六つの家格の全体像を先に押さえたい方はこちらから)
• 【江戸時代】公家の“家格”6段の序列——なぜ格の低い家から有名人が出たのか
▼主な参考文献
一次史料:
・堂上家系譜大成
・大日本近世史料 広橋兼胤公武御用日記 1
研究:
・村和明「近世初期の朝廷機構と江戸幕府——明正上皇付公家衆を事例に」『論集きんせい』
・村和明『近世の朝廷制度と朝幕関係』東京大学出版会,
▼この動画について
あくまで個人による調査・制作のため、新たな研究の発見や諸説の違いにより情報が変わる可能性があります。正確性の完全な保証はできませんので、エンターテインメントとしてお楽しみください。特定の人物・団体への誹謗中傷を目的とするものではありません。
▼このチャンネルについて
人口・財政・制度・史料から、日本史の「余白」を文脈で紐解いています。
誤りや追加史料があれば、コメントでご指摘ください。
#日本史 #江戸時代 #公家