【江戸時代】公家の娘はどこへ行ったのか——嫁ぐ・仕える・出家するを分けたもの
日本史の余白 - 文脈で紐解く
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【江戸時代】公家の娘はどこへ行ったのか——嫁ぐ・仕える・出家するを分けたもの
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日本史の余白 - 文脈で紐解く
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江戸時代の公家の娘は、誰と結婚したのでしょうか。実は行き先は結婚だけではなく、入内・縁組・女官・大奥奉公・入寺と五つありました。しかもそのどれにも家格という関門が付いていて、選んだのは本人ではありません。では、誰が決めていたのでしょうか。
▼この動画でわかること
・公家の娘の行き先は5系統あり、それぞれ入れる家の範囲が違った
・加賀百万石の前田家でさえ、摂家との付き合いを持っていなかった
・安政6年から文久元年の名鑑では、比丘尼御所15箇寺のうち8箇寺は住持が空席だった
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▼主な参考文献
一次史料:
・雲上明覧大全(安政6年版・文久元年版、国立国会図書館デジタルコレクション)
・日本財政経済史料 巻一(大蔵省編纂、財政経済学会、1924、NDL PID 1902200)
・静寛院宮御日記 上(日本史籍協会叢書、1927、NDL PID 1918439)
・宗教制度調査資料(文部省宗教局編、1926、NDL PID 980505)
・維新前の宮廷生活(下橋敬長述、三田史学会、1922、NDL PID 965496)
研究:
・千葉拓真「近世公武婚姻の一側面——元禄十一年における加賀前田家と二条家との縁組について——」『加賀藩研究』7, 2017
・千葉拓真「加賀藩前田家における公家との交際——「通路」と家格をめぐって——」『論集きんせい』32, 2010
・千葉拓真「近世大名家における書札礼と公武の序列——加賀前田家を中心に」『史学雑誌』121-8, 2012
・稲垣知子「近世大名の婚姻範囲——享保九年・宝暦一三年の幕府婚姻奨励法令について」『法制史研究』2000(50)
・登谷伸宏「御産所と都市社会——霊元天皇の後宮を中心として——」『日本建築学会計画系論文集』78-693, 2013
数値は主に上記史料・研究に基づきます。推計値や研究上の幅がある箇所は、動画内で「約」「とされます」として扱っています。
▼この動画について
あくまで個人による調査・制作のため、新たな研究の発見や諸説の違いにより情報が変わる可能性があります。正確性の完全な保証はできませんので、エンターテインメントとしてお楽しみください。特定の人物・団体への誹謗中傷を目的とするものではありません。
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人口・財政・制度・史料から、日本史の「余白」を文脈で紐解いています。
誤りや追加史料があれば、コメントでご指摘ください。
#日本史 #江戸時代 #公家