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「この姫には、肺の病気がある」お医者さんひとりの一言で、7歳で決まった大正天皇との縁談が13歳で破談に【禎子女王】

週刊れきし砲

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「この姫には、肺の病気がある」お医者さんひとりの一言で、7歳で決まった大正天皇との縁談が13歳で破談に【禎子女王】

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7歳で、のちの大正天皇のお妃に内々に決まった、伏見宮家の禎子(さちこ)女王。13歳のとき、侍医のトップがひとりで言い張った「皇太子さまと同じ病気だ」で、約束は取り消しに。代わりの花嫁、のちの貞明皇后の決め手は「体が丈夫」でした。 ■ もっと知りたい人へ(本) ・浅見雅男『大正天皇婚約解消事件』(角川ソフィア文庫) この回の話そのもの。禎子女王の内定から取り消し、節子さまが選ばれるまでを、日記と記録で追った本 https://www.amazon.co.jp/dp/404400389... ・古川隆久『大正天皇』(吉川弘文館 人物叢書) 病気がちだった皇太子時代から、宮中の日記を使って描いた大正天皇の伝記 https://www.amazon.co.jp/dp/464205240... リンクから買っていただくと、チャンネルの応援になります ※Amazonのアソシエイトとして、週刊れきし砲は適格販売により収入を得ることができます。何卒よろしくお願い致します。 0:00 今週のトップ記事 0:58 7歳の皇太子妃 2:56 「右の胸に、雑音」 5:16 姫路へ、取り消しの使い 6:44 「丈夫の一点にて、落札」 8:06 15歳、侯爵家へ 9:41 天皇の一言 11:08 続報: 薙刀の姫 ■ 出典 ・『明治天皇紀』第八・第九(宮内庁編、吉川弘文館)明治26年5月条・明治32年3月22日条(内定と取り消し、岡玄卿の反対、のちの天皇の言葉) ・佐佐木高行の日記『かざしの桜』(北泉社, 2003)(「禎子女王一人群を抜く」「体質の丈夫と申す一点にて落札」「邪推す」、5万円、皇后のお世話係の話) ・浅見雅男『大正天皇婚約解消事件』(角川ソフィア文庫, 2018) ・古川隆久『大正天皇』(吉川弘文館 人物叢書, 2007)(皇太子の病歴) ・遠藤正治「池田文書と侍医制度」『日本医史学雑誌』41巻2号(岡玄卿の侍医局長の在任) ・『官報』号外 1901年4月6日(山内豊景侯爵との結婚) ・小川金男『宮廷』(1951)/復刊『皇室の茶坊主』(創元社, 2023)(山内侯爵の縁談の噂。宮中の下働きの人の回想) ・週刊朝日編『値段史年表 明治・大正・昭和』(朝日新聞社) ※日記・記録の多くは、原本でなく研究書・事典・紹介記事の引用を通して確かめています。記録の言葉は、内容を現代の言葉に直したものです。 ※5万円の「いまなら約10億円」は、1900年の小学校教員の初任給(月10〜13円、値段史年表)と、いまの初任給で比べた目安です。 ■ 写真(Wikimedia Commons。パブリックドメインの写真) 写真の一部は、AI で色を付けています。 場面の一部の絵(場所・物)、BGM・効果音、ナレーションの声は AI で作っています。 #禎子女王 #大正天皇 #貞明皇后