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マリー・アントワネット、14歳で嫁いだ花嫁の23年。

偉人の人生、生きてみた

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マリー・アントワネット、14歳で嫁いだ花嫁の23年。

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「パンがなければ、お菓子を食べればいい」。マリー・アントワネットの言葉として、よく知られた一言です。 でもこの言葉は、ルソーの本に出てくる、名前のない「ある身分の高い王女」の言葉でした。ルソーがそこを書いたころ、マリーはまだ9歳。フランスにも来ていませんでした。 1770年、14歳でオーストリアからフランスへ嫁いだマリー。結婚の夜も、出産も、最期も、人々の前でした。母マリア・テレジアとの手紙、まわりの人の回想録、そして最後の手紙から、花嫁になってからの23年をたどります。 ― チャプター 0:00 「パンがなければ」は、だれの言葉? 1:12 あいさつ 1:22 14歳、フランスへ嫁ぐ 2:56 結ばれないままの7年 5:01 18歳で王妃に 5:21 やっと母に 6:36 1785年、首飾り事件 8:55 革命と、塔の暮らし 11:03 最後の手紙 12:04 17歳のパリと、20年後のパリ 13:26 花嫁の記憶 ― 参考文献 ・ジャン=ジャック・ルソー『告白』第6巻(1765年ごろ執筆・1782年刊) ── 「お菓子を食べればいい」と言った「ある身分の高い王女」の話 ・『Lettres de Marie-Antoinette』第1巻(ラ・ロシュテリ編・1895) ── 1770年7月12日、母への手紙(1日の過ごし方・刺しゅう・ソファーで眠ってしまう話) ・エドモン/ジュール・ド・ゴンクール『Histoire de Marie-Antoinette』(1879)/Tappan編『The World's Story』第5巻(1914) ── 1773年6月14日、初めてのパリ訪問を伝える母への手紙 ・マリー・アントワネット「最後の手紙」(1793年10月16日・義理の妹エリザベートあて。仏語版Wikisource) ── 「妹よ、あなたに書くのは、これが最後です」・子どもたちへの言葉 ・カンパン夫人『回想録』 ── 首飾りを断ったときの言葉(伝聞として紹介) ・マリー・テレーズ(娘)の回想 ── タンプル塔での暮らし、弟が引き離された夜、壁のすき間から待った母 ・エリザベート・ヴィジェ=ルブラン『Souvenirs』第1巻(1835) ── 王妃の顔だち・髪粉について(絵の参考) ・ヴェルサイユ宮殿公式サイト「Marriage of the Dauphin Louis and Marie-Antoinette」ほか ── 結婚式と床入りの儀式・宮廷のしきたり ・コンシェルジュリー公式サイト「Marie-Antoinette at the Conciergerie」 ── 最後の牢と、処刑の日のこと ・アントニア・フレイザー『Marie Antoinette: The Journey』(2001) ── 23年の流れ ・Royal Central(王室の歴史を紹介するサイト)の、フレイザーの伝記を紹介した記事 ── 一晩で白髪になった話が伝説であること ・英語版Wikipedia「Marie Antoinette」「Let them eat cake」「Affair of the Diamond Necklace」 ── 生まれ・結婚・出産・首飾り事件・革命・裁判の日付 ※ 手紙と回想録の言葉は、フランス語の原文をチャンネルで日本語に訳したものです。記録をもとに再構成しています。 ※ 「軍艦を造るほうがいい」「わざとではありません」は、言い伝えとして紹介しています。 ※ 画像はすべてイメージで、実在の人物の肖像ではありません。衣装は当時の肖像画や記録をもとに描いています。 BGM:『雨音のワルツ』yuhei komatsu(OpenTracks) ― ▶ 前の花嫁:ロシア最後の皇后、結婚式までの3週間は喪服だった。    • ロシア最後の皇后、結婚式までの3週間は喪服だった。   ― #歴史 #世界史 #マリーアントワネット #フランス革命 #ヴェルサイユ宮殿 #ルイ16世 #王妃 #花嫁 #結婚の歴史 #女性の歴史 #18世紀 #実話 #花嫁たちの記憶