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戦国の城「帰雲城」は一夜で消えたのか…本願寺の日記に残る「淵になった」の一文と、白川郷の山に今も残る崩壊の跡【ミステリー・歴史】

千年記録室

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戦国の城「帰雲城」は一夜で消えたのか…本願寺の日記に残る「淵になった」の一文と、白川郷の山に今も残る崩壊の跡【ミステリー・歴史】

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千年記録室
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天正13年11月29日(1586年1月18日)の夜、中部から近畿を巨大地震が襲いました。飛騨の白川郷では、内ヶ島氏の帰雲城が城下の集落ごと一夜で埋まったと伝えられ、埋蔵金の噂まで語られてきました。けれども、城がどこにあったのかは今も確認されていません。本願寺の宇野主水が同じ年に書いた日記には、山崩れで川がせき止められ、在所は「ことごとく淵になりたる」と記されています。後の時代の記録では、人数も年も食い違います。同じ夜に長浜城や木舟城を襲った被害も、記録と発掘調査から振り返ります。当時の日記と後世の記録、地震調査委員会の評価、帰雲山の崩壊地や近くの山崩れの年代測定の研究をもとに、「消えた城」の伝説を検証します。 千年記録室は、古文書・和歌・伝承に残された「災害の記憶」を、地層と考古学の研究で検証するチャンネルです。ぜひ、皆さんの仮説をコメントで聞かせてください。 チャンネル登録はこちら →    / @sennen-kiroku   ■チャプター 00:00 オープニング 00:43 第1章 天正13年11月29日の夜 01:53 第2章 本願寺の日記に記された「帰雲」 03:19 第3章 後の時代の記録は、どう語ったか 04:47 第4章 帰雲山に残る崩壊の跡 06:31 第5章 城は、なぜ見つからないのか 07:48 第6章 震源の断層はどこだったのか 09:25 第7章 同じ夜、各地の城で 10:45 エンディング ■参考文献 ①『宇野主水日記』(顕如上人貝塚御座所日記)天正13年11月29日条・同年末追記(『新収日本地震史料』補遺 85頁/東京大学地震火山史料連携研究機構「地震史料集テキストデータベース」) ②文部省震災予防評議会編『増訂大日本地震史料』第1巻(1943年)天正13年11月29日の項(三壺記・御家中名誉・一柳家記・飛州志・白川観光録〔飛騨編年史要所収〕ほか) ③地震調査研究推進本部「日本の地震活動」天正地震(1586年1月18日) ④地震調査委員会「庄川断層帯の長期評価について」(2004年)、「阿寺断層帯の長期評価について」(2004年)、「養老-桑名-四日市断層帯の長期評価(一部改訂)」(2026年) ⑤山村紀香・加納靖之「1586年天正地震の震源断層推定の試み―液状化履歴地点における液状化可能性の検討から―」『地震 第2輯』73巻 97-110頁(2020年) ⑥栗本享宥ほか「岐阜県郡上市水沢上の大規模斜面崩壊:地形・地質特性および1586年天正地震との関係」『日本地すべり学会誌』62巻2号 56-64頁(2025年) ⑦下川雅弘「鎌倉期から江戸初期における地震災害情報―畿内で書かれた日記にみる地震の記録―」『歴史地震』23号 51-62頁(2008年) ⑧坂部和夫「天正地震(1586年)時の飛騨白川郷荘川村における大規模山体崩壊について」『歴史地震』19号 47-51頁(2003年) ⑨岐阜県防災課「天正地震(天正13年11月29日)」岐阜県災害アーカイブ/白川村「帰雲城址」説明板(1999年) ⑩長浜市『広報ながはま』2013年11月号(長浜町遺跡)/中央防災会議『1858 飛越地震報告書』コラム2(2009年) ※天正地震の震源断層は、1つの断層か複数の断層かも含めて、研究で決着していません。 ※帰雲城の正確な位置と犠牲者の数は、確認されていません。人数や年は記録によって異なります。 ■画像・映像の出典(ウィキメディア・コモンズ) ・帰雲山と帰雲城の慰霊碑(岐阜県白川村保木脇):Aska999/パブリックドメイン/commons.wikimedia.org/?curid=127753304 ・帰雲山の崩壊地(岐阜県白川村):Mikkabie/CC BY-SA 4.0/commons.wikimedia.org/?curid=78793549 ・冬の白川郷・荻町(岐阜県白川村):tsuda from Tsushima, Aichi, Japan/CC BY-SA 2.0/commons.wikimedia.org/?curid=17601843 ・天正地震の震度分布図(利用者作成):As6022014/CC BY-SA 3.0/commons.wikimedia.org/?curid=18458686 ・帰雲城址の碑と白川村の説明板(2019年):先従隗始/CC BY-SA 3.0/commons.wikimedia.org/?curid=83361970 ・野谷荘司山から望む猿ヶ馬場山・帰雲山と庄川:Alpsdake/パブリックドメイン/commons.wikimedia.org/?curid=11839501 ・願泉寺 本堂(大阪府貝塚市)1583年から約2年、本願寺の拠点:Twilight2640/CC BY-SA 3.0/commons.wikimedia.org/?curid=28137640 ・顕如の画像(本願寺第11世):作者不明(アップロード:ブレイズマン)/パブリックドメイン/commons.wikimedia.org/?curid=4166756 ・興福寺 五重塔(奈良市):Zairon/CC BY 4.0/commons.wikimedia.org/?curid=171594167 ・金森長近の肖像:作者不明/パブリックドメイン/commons.wikimedia.org/?curid=47861085 ・庄川(岐阜県白川村):663highland/CC BY 2.5/commons.wikimedia.org/?curid=7915882 ・参考:川に崩れ落ちた大規模な地すべり(カナダ・ビッグバー、2019年):ProvinceofBC/CC BY 3.0/commons.wikimedia.org/?curid=125619037 ・白川郷・荻町の積雪(2015年1月):そらみみ/CC BY-SA 4.0/commons.wikimedia.org/?curid=38911330 ・参考:崩れた土砂でせき止められた湖(富山県黒部市 祖父谷):国土地理院/Attribution/commons.wikimedia.org/?curid=169275843 ・猿ヶ馬場山方面から望む帰雲山:Alpsdake/CC0/commons.wikimedia.org/?curid=12313207 ・帰雲城址の碑(白川村保木脇):Mikkabie/CC BY-SA 4.0/commons.wikimedia.org/?curid=78793547 ・『飛州志』巻三の写本(早稲田大学図書館):長谷川忠崇/パブリックドメイン/commons.wikimedia.org/?curid=99057517 ・帰雲城址の碑の裏側(白川村保木脇):先従隗始/CC BY-SA 3.0/commons.wikimedia.org/?curid=83362003 ・帰雲城址碑の向かい側にある帰り雲神社:先従隗始/CC BY-SA 3.0/commons.wikimedia.org/?curid=83373345 ・帰雲城址の碑と周囲の山(白川村保木脇):NALA Wiki/CC BY-SA 3.0/commons.wikimedia.org/?curid=16426529 ・三方崩山の崩落部(岐阜県白川村):Alpsdake/CC BY-SA 3.0/commons.wikimedia.org/?curid=15914555 ・帰雲山から望む白山・野谷荘司山:Koda6029/CC BY-SA 4.0/commons.wikimedia.org/?curid=80020353 ・白川郷を流れる庄川(2025年6月):Leongyy02/CC BY-SA 4.0/commons.wikimedia.org/?curid=193243374 ・帰雲城址の碑と観音像(白川村保木脇):先従隗始/CC BY-SA 3.0/commons.wikimedia.org/?curid=83361747 ・養老山地の三方山から望む養老町:Alpsdake/CC BY-SA 3.0/commons.wikimedia.org/?curid=18221152 ・養老山地から望む濃尾平野(岐阜県養老町):Alpsdake/CC0/commons.wikimedia.org/?curid=181810679 ・新潟-神戸ひずみ集中帯の範囲(図):Peka/CC BY-SA 3.0/commons.wikimedia.org/?curid=2867580 ・参考:1891年濃尾地震で現れた根尾谷断層(小藤文次郎撮影):小藤文次郎/パブリックドメイン/commons.wikimedia.org/?curid=14520135 ・長浜城(現在の天守は歴史博物館として再建、滋賀県長浜市):puffyjet/CC BY 2.0/commons.wikimedia.org/?curid=147157785 ・山内一豊の肖像:作者不明/パブリックドメイン/commons.wikimedia.org/?curid=3490452 ・長浜町絵図(西側に長浜城跡):作者不明/パブリックドメイン/commons.wikimedia.org/?curid=81446893 ・木舟城跡(富山県高岡市):Negitan/パブリックドメイン/commons.wikimedia.org/?curid=7775736 ・大垣城(1933年撮影。1945年の空襲で焼失):毎日新聞社/パブリックドメイン/commons.wikimedia.org/?curid=9504563 ・長島城(伊勢国)の大手門:上条ジョー/CC BY-SA 3.0/commons.wikimedia.org/?curid=11176918 ・三十三間堂の観音像(19世紀末の写真、京都市):New York Public Library/No restrictions/commons.wikimedia.org/?curid=53545931 ・庄川(富山県砺波市庄川町金屋付近):柑橘類/CC BY-SA 3.0/commons.wikimedia.org/?curid=5786246 ・帰雲城址の碑(白川村保木脇):Mikkabie/CC BY-SA 4.0/commons.wikimedia.org/?curid=78793548 ・資料カード(原文・年表・図表など)は、参考文献をもとにチャンネルで作成しました。 ※犠牲になった方々の姿は、画像では描いていません。 ※「イメージ(AI生成)」と表示した画像はAIで生成したものです。実際の遺跡・出土品・人物・場所とは異なります。 ※音声:VOICEVOX:剣崎雌雄、VOICEVOX:玄野武宏、VOICEVOX:雀松朱司、VOICEVOX:青山龍星 ※黄色の字幕で示した発言は、史料・新聞記事・研究発表の言葉をもとにした再現音声です(本人の声ではありません)。 ※BGM:オリジナル制作(場面に合わせて複数の曲を使い分けています) #千年記録室 #ミステリー #歴史 #帰雲城 #天正地震 #白川郷 #戦国時代 #活断層