【日本史】武田家滅亡のその後|残された一族の悲惨な61年間。
日本史のつづき
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【日本史】武田家滅亡のその後|残された一族の悲惨な61年間。
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日本史のつづき
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天目山で武田勝頼が自害したあと、残された武田一門はどうなったのか。
武田信豊、穴山梅雪、松姫、見性院、信玄の孫・武田信道、武田信清。1582年から1643年までを、人物ごとにたどります。
▼目次
0:00 序
1:28 巻之一:天目山に残された者たち
3:29 巻之二:武田信豊と恵林寺
5:50 巻之三:穴山梅雪
7:52 巻之四:松姫と見性院
10:58 巻之五:武田信道
15:00 巻之六:武田信清
16:49 終巻:天目山が本当に奪ったもの
◼️ この動画での扱い(諸説あるもの)
・快川紹喜の言葉「心頭滅却すれば火も自ずから涼し」は、そう伝えられているものとして紹介しています。
・勝頼が追い詰められた最大の要因が穴山梅雪の離反だったという点は、そう言われている見方として紹介しています。
・穴山梅雪が襲われたときの状況と、海野信親(竜宝)の最期は、細かい所を断定していません。
・武田信道の享年は「70歳近く」とされるものです。
◼️ 動画内で引用した史料・肖像画
・武田二十四将図(浜松市博物館蔵)CC BY 4.0/一部を切り出して使用
https://adeac.jp/hamamatsu-city/catal...
・伊奈忠次・彦坂元正・大久保長安連署状(静岡市歴史博物館蔵)CC BY
https://jmapps.ne.jp/shizuokalg/det.h...
・甲陽軍鑑 表紙:国文学研究資料館 鵜飼文庫(CC BY-SA 4.0)
https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi...
・天保国絵図 甲斐国・信濃国・伊豆国、正保城絵図 出羽国米沢城絵図(国立公文書館所蔵)
・そのほかの肖像画・絵図(パブリックドメイン)の所蔵先:高野山持明院、総見寺、長興寺、大阪城天守閣、霊泉寺、上杉神社、徳川記念財団、東京都立図書館、国立国会図書館、ボストン美術館、ロサンゼルス・カウンティ美術館
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