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【逆賊と呼ばれた男】秀吉の後継ぎだった関白の墓に、なぜ「悪逆」と刻まれたのか|豊臣秀次

アングラヒストリー

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【逆賊と呼ばれた男】秀吉の後継ぎだった関白の墓に、なぜ「悪逆」と刻まれたのか|豊臣秀次

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1595年、京都の三条河原に、一つの塚が築かれました。石に刻まれたのは「秀次悪逆塚」。豊臣秀次(とよとみ ひでつぐ)は、秀吉の甥で、その後継ぎとして関白の位を譲られた人です。なぜその墓に「悪逆」の文字が刻まれたのか。近江八幡の町をつくり、書物を愛した関白は、本当に「悪逆」だったのか。1611年、高瀬川を掘った角倉了以が建てた瑞泉寺の話まで、史料をもとにたどります。 ▼チャプター 0:00 プロローグ 「悪逆」の2文字 1:50 第1章 天下人の甥 3:04 第2章 17歳の大敗 4:52 第3章 湖のほとりに町をつくる 6:44 第4章 ナンバー2になる 8:58 第5章 「殺生関白」という噂 11:43 第6章 生まれた赤ん坊 14:11 第7章 会ってもらえなかった日 17:32 第8章 河原の処刑 19:33 第9章 削られた2文字 21:49 エピローグ 3つの謎の答え ※本編の年齢は当時の数え方(数え年)、月日は当時の暦(旧暦)です。 ▼サムネイルについて ・秀次のまわりの白い獣はAIで生成した絵で、実在の絵ではありません。生き物を殺す関白、という意味の「殺生関白」のあだ名(本編 第5章。秀次の死後の本に初めて出てくると指摘されています)をもとにしたイメージで、炎は合成です。秀次の姿は月岡芳年『月百姿』(1889年・後の時代の想像図)、秀吉の肖像は『日本歴代人傑大鑑』(1918年)から(下の「画像の出典」)。本編に霊や祟りの話は出てきません。 ・墓に刻まれた「悪逆」は「殺生関白」とは別の言葉で、秀次を謀反人として裁いた側が刻んだものです(本編 第8章)。「冤罪?」は、謀反の話が秀次の死後に書かれた『太閤記』でも本当とも嘘ともはっきりしない、と本編(第5章・第7章・エピローグ)で紹介していることによります。 ・「父」「子」:秀次は秀吉の甥で、1591年に養子となりました(本編 第4章)。 ▼主な参考資料 ・『駒井日記』(『史籍集覧』第25冊、近藤出版部、1907) ・小瀬甫庵『太閤記』巻17(『史籍集覧』第6冊、近藤出版部、1919) ・秋里籬島 著・竹原信繁 画『都名所図会』(1780年刊) ・京都市参事会『平安通志』(1895)、京都市『京都名勝誌』(1928) ・矢部健太郎『関白秀次の切腹』(KADOKAWA、2016)、同「『豊臣秀次切腹事件』には大きなウソがある!」(東洋経済オンライン、2016年7月23日) ・勢田勝郭「関白秀次失脚自刃事件と木食応其上人」(『奈良工業高等専門学校研究紀要』第51号、2015) ・文化遺産オンライン「安土山下町中掟書(附 八幡山下町中掟書)」(文化庁) ・観光庁 地域観光資源の多言語解説文データベース(近江八幡・八幡山・八幡堀・水郷めぐり) ・京都国立博物館「豊臣秀次公430回忌 特集展示 豊臣秀次と瑞泉寺」(2024) ・刈谷市『市民だより』2021年9月15日号「歴史博物館企画展 豊臣秀次―刈谷に新時代をもたらした関白殿下―」 ・瑞泉寺「秀次公と瑞泉寺」 ・日本大百科全書、世界大百科事典、ブリタニカ国際大百科事典、日本人名大辞典、山川 日本史小辞典、精選版 日本国語大辞典ほか(コトバンク) (伝わる話・説は本編でその旨をお断りしています) ▼画像について 出典は画面の右下と、下の一覧に記しています。 ▼画像の出典 (写真・版画・頁は著作権の保護期間が終わったもの、または所蔵館がCC0で公開しているものです) ・月岡芳年『月百姿』「おもひきや雲ゐの秋のそらならて竹あむ窓の月を見んとは 秀次」1889年|国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1306377|プロロー... ・秋里籬島 著・竹原信繁 画『都名所図会』(1780年刊・国立国会図書館本は天明6年=1786年)「三條大橋」の図と瑞泉寺の本文|国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2555343|プロロー... ・京都市参事会『平安通志』(1895)瑞泉寺の頁|国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/765931|第8章 ・小瀬甫庵『太閤記』巻17(近藤瓶城 編『史籍集覧』第6冊、近藤出版部、1919)|国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/3431173|第5章・第7章 ・『駒井日記』文禄2年閏9月6日・10月1日(近藤瓶城 編『史籍集覧』第25冊、近藤出版部、1907)|国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1920418|第6章 ・三条大橋 1895〜1905年ごろ 玉村康三郎(とされる)|アムステルダム国立美術館(CC0)RP-F-2001-7-587A-6 http://hdl.handle.net/10934/RM0001.CO... ・京都市 編『京都名勝誌』(1928)瑞泉寺の頁|国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1043792|第9章 ・豊臣秀吉の肖像(模写)|国立国会図書館デジタルコレクション『日本歴代人傑大鑑』(内田茂文 編、1918)https://dl.ndl.go.jp/pid/2542770|第2章・... ・高野山・奥之院の墓地(所蔵館の記録による)1884年 撮影者不明|アムステルダム国立美術館(CC0)RP-F-F02649-A http://hdl.handle.net/10934/RM0001.CO... ・国立公文書館所蔵「天保国絵図近江国」(特083-0001-0039)https://www.digital.archives.go.jp/it... ※国立国会図書館デジタルコレクション・国立公文書館デジタルアーカイブの画像は、各館の利用条件にしたがって使用しています。 ※地図・年表などの図版は Natural Earth(パブリックドメイン)をもとに自前で作ったものです。 ※場面の絵はAIで生成したイメージです(実在の絵ではありません)。 ▼音楽について BGM:YouTube オーディオライブラリ、Suno で生成した曲 ▼音声について ナレーションは合成音声です。 豊臣秀次は、2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』にも登場する人物です。この動画は、NHKおよび大河ドラマの制作とは関係のない個人の制作です。 #豊臣秀次 #戦国時代 #歴史