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三宅と和樹のソース×サソースラジオ #2 ソースとサソースは喧嘩する?

寺子屋みなてらす

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三宅と和樹のソース×サソースラジオ #2 ソースとサソースは喧嘩する?

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寺子屋みなてらす
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「三宅と和樹のソース×サソースラジオ」は、寺子屋みなてらす理事長の三宅祐也と専務理事の和樹が、毎週気になるテーマについてざっくばらんに語り合う番組です。 番組名は、組織や活動がどのように生まれ、育っていくかを考える「ソース原理」から着想を得ました。 ソース原理について詳しく知りたい方はこちら: https://r3s.jp/magazine/jp/source_pri... 「ソース」は、活動の最初の一歩を踏み出す1人を指します。それに対して「サソース」は、ソース原理において「ソース」を支える役割として規定される「サブソース」が、実は活動をしていくなかで「ソース」以上に「ソース」的になることもあるのではないかという問いから、「サブソース」よりも「ソース」に肉薄した存在として、生まれた言葉です。 このラジオでは、寺子屋みなてらすの「ソース」である三宅と、「サソース」である和樹が、日々の実践を入口に、組織や場づくり、仕事や生き方について話します。二人の見方の違いも楽しみながら、いま考えていることを、そのまま言葉にしていきます。 ★タイムスタンプ 00:00 オープニング――最近よく怒られる三宅 03:27 二人はなぜ喧嘩をしないのか 05:42 やるべきことができていなくても、怒らない理由 11:30 喧嘩がなくても、互いの見える世界は広がる? 12:45 活動初期の「ソース」と「鏡」のような関係 17:35 立ち上げ前に重ねた対話と、理念への信頼 20:29 同世代・同じ会社という、二人の関係の土台 26:28 フラットな関係の強みと、飛躍を妨げる可能性 31:45 偶然をつかむための、自然体のあり方 34:14 「活動が楽しい」と自信を持って言えるまで 39:15 活動の広がりと、仲間に支えられている実感 41:22 喧嘩に代わって二人が重ねてきた「対話と内省」 47:40 言葉選びから野球の話まで――二人の「無駄話」 50:55 2教室目をつくった仲間と、活動を前に進める人たち 53:48 ソースとサソースを受け止める人たちの存在 57:30 エンディング――「無駄話」を続けていく ★ChatGPTによる第2回の要約 第2回は、最近いろいろな人から怒られているという三宅の話から始まります。そこから三宅は、和樹とは長く一緒に活動しているのに、ほとんど喧嘩をしたことがないと気づきます。ソースとサソースの関係を育てるうえで、意見をぶつけ合ったり、時には怒ったりすることは必要なのか。二人は自分たちの関係を振り返りながら考えていきます。 和樹は、三宅が何かをできていないと感じることはあっても、そこには事情や、本人がより大切にしていることがあるはずだと思うため、すぐに怒りにはつながらないと話します。考え方の違いも、相手を責める理由ではなく、話し合う入口になります。三宅も、和樹が約束したことをできていないときには、納得できる理由があるだろうと信じています。 二人は、寺子屋みなてらすを立ち上げる前に、お互いの経験や弱さまで含めて長い時間をかけて対話したことを思い出します。見方や得意なことは違っていても、目指す場についての感覚を共有している。その信頼があるからこそ、相手の予想外の行動にも「理念から外れたことをしているはずはない」と思えるのではないか、と話します。一方で、年齢や会社での立場が近く、最初から比較的フラットに話せたという条件にも目を向けます。その関係は二人を助けてきた半面、強くぶつかることで生まれたかもしれない飛躍を逃している可能性もある、と考えます。 話題は、寺子屋みなてらすにとっての「楽しい」に移ります。教室や会議では悩み、揉め、試行錯誤することもあるため、単純に盛り上がる楽しさとは違います。活動初期には「楽しい」という言葉だけで片づけたくなかった二人も、約6年間の実践を経て、その試行錯誤自体を楽しいと言えるようになってきました。教室や仲間が増え、二人だけでは把握しきれない出来事が生まれていることからも、活動が多くの人に支えられていると実感します。 では、喧嘩の代わりに二人の活動を前に進めてきたものは何か。そこで出てきたのが、対話と内省、そして一見「無駄」に見える話です。寺子屋みなてらすで使う言葉を漢字にするかひらがなにするか、野球の選手やチームの関係をどう見るか。すぐに結論や業務に結びつかない話を重ねることが、二人にとっては、場のあり方を考え、互いの見方を知る時間になっていました。 ただし、二人がそうして話せたのは、教室や団体の運営を担う仲間がいたからでもあります。2教室目の立ち上げを進めた仲間や、最初の教室を引き受けてくれた人たちを振り返りながら、三宅と和樹は、自分たちの可能性も周囲の人に引き出されてきたのだと気づきます。「ソースとサソース」だけを見るのではなく、その二人を受け止め、活動を形にしてきた人たちにも目を向ける回です。