【徳川家康】「鯛の天ぷらで死んだ」は本当か?死の3か月前の記録が語ること
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【徳川家康】「鯛の天ぷらで死んだ」は本当か?死の3か月前の記録が語ること
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「徳川家康は、鯛の天ぷらを食べ過ぎて死んだ」――雑学やクイズで何度も紹介されてきた有名な話です。
しかし、家康が鯛の揚げ物を食べた日と、亡くなった日のあいだには、およそ3か月もの時間が流れていました。
1616年1月21日、駿河・田中城で出された京で評判の鯛の揚げ物。その夜の腹痛から、4月17日に駿府城で亡くなるまでの3か月間に、家康の体には何が起きていたのか。
江戸幕府の公式記録『徳川実紀』に残る症状、自ら調合した薬「万病円」、そして家康をいさめて信濃へ流された侍医・片山宗哲。
記録をたどると、「天ぷらで死んだ」という一言が飛ばしてしまった、天下人の最後の3か月が見えてきます。
【判定】×俗説
鯛の揚げ物を食べ、その夜に腹を痛めたことは記録に残っています。しかし亡くなったのは約3か月後。記録に残る症状は進行した胃がんとよく重なり、鯛の揚げ物は死の原因というより、隠れていた病が表に出たきっかけだったと考えられます。
▼チャプター
00:00 1616年1月21日、田中城で出された鯛
01:12 健康に気を配った天下人・家康
01:45 問題の日:鯛の揚げ物は「天ぷら」だったのか
02:12 腹痛のあとに続いた3か月
02:54 『徳川実紀』が記す症状と胃がん
03:43 3か月の流れを並べてみる
04:11 侍医・片山宗哲はなぜ流されたのか
05:18 水銀説・毒殺説を検証する
05:54 太政大臣、そして駿府での最期
06:14 なぜ「天ぷらで死んだ」が広まったのか
06:43 判定
07:10 家康の命を縮めたものとは
▼参考文献・資料
・『徳川実紀』(東照宮御実紀・附録)
・篠田達明『徳川将軍家十五代のカルテ』(新潮新書)
・家康の死因・晩年に関する医学史・近世史の研究
▼関連動画
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教科書やテレビで「当たり前」とされてきた日本史の通説を、一次史料と研究をもとに検証し、◎本当/△誇張/×俗説で判定するチャンネルです。
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