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本田美奈子「1986年のマリリン」の後に起きたことが壮絶すぎた。

音楽語りカセットくん

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本田美奈子「1986年のマリリン」の後に起きたことが壮絶すぎた。

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今から40年前。 一人のアイドルが、時代のアイコンになります。 本田美奈子。 「1986年のマリリン」 へそ出しの衣装は衝撃を与え、オリコン3位まで駆け上がりました。 その歌声はマイケル・ジャクソンさえも認め、親交を結ぶほどでした。 しかし彼女は、その頂点のさなか、アイドルであることを拒みます。 バンドを組めば、アルバムはわずか2千枚。 ミュージカルの舞台へ挑めば、初日から酷評。 それでも彼女は、指を骨折しながらも550回、歌いきりました。 そして2005年、38年の生涯を静かに終えます。 この動画では、 ・演歌ばかり歌った少女が、ソロ歌手として見出されたスカウトの日 ・「アイドルには見られたくない」王道曲を蹴って選んだ「殺意のバカンス」 ・松本隆を迎えた「Temptation」での飛躍と、初の日本武道館 ・へそ出し衣装を自ら提案し、時代のアイコンとなった「1986年のマリリン」 ・ゲイリー・ムーア、ブライアン・メイ世界の巨匠が曲を贈った歌声 ・すべてを捨てて組んだロックバンドと、2千枚に沈んだ挫折 ・1万4千人の中から実力だけで選ばれた「ミス・サイゴン」キム役 ・会話を筆談で通し、ベトナムへ渡ってまで役に懸けた1年間 ・指4本を複雑骨折しながら歌いきった、550回の舞台と評価の逆転 ・マイケルに「こっちで音楽をやればいい」と言わせた、世界が認めた実力 ・約30秒のロングトーン「つばさ」、そしてクラシカル・クロスオーバーへ ・急性骨髄性白血病との闘い、遺作「アメイジング・グレイス」と骨髄バンクの願い まで、本田美奈子が歩んだ 栄光と葛藤、そして声だけで生き抜いた物語をすべて辿っていきます。 なぜ彼女は、頂点で手にしたアイドルの座を、自ら手放したのか。 そしてなぜ、本田美奈子の歌声は、最期から20年が経った今も、誰かの背中を押し続けているのか。 この動画では、その理由に迫ります。 あなたが好きな本田美奈子の曲は何ですか? ぜひコメントで教えてください。 #本田美奈子 #1986年のマリリン #昭和アイドル