【記録で歩く】33年ふだんの水が来なかった赤堀川。1654年、利根川をどう通したのか
いざ日本史へ【その時代を再現】
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【記録で歩く】33年ふだんの水が来なかった赤堀川。1654年、利根川をどう通したのか
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いざ日本史へ【その時代を再現】
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1621年、川妻(今の茨城県五霞町)の近くで、台地を割って幅7間(約13m)の溝が掘られました。のちに利根川の水が流れる赤堀川です。けれど33年のあいだ、この溝にふだんの水は流れなかったとされます。
1654年、何をしたら水は流れたのか。名主の書上と国の資料、研究者の読み、3Dの今の地形でたどります。
■ この回で再現すること
・1594年、川俣でせき止められた会の川と、そのあとの利根川の流れ
・幅7間の溝、幅10間に広げた溝。大水の時には水が入った赤堀川
・書上の「伊奈備前守様」は誰か。記録で分かれる最初の指図
・1654年の三番堀:10間ほどの中で、幅3間を掘った、と書く書上
・1698年、渡し場で測った川幅27間(約49m)・深さ2丈9尺(約8.7m)
・1650年代に本格的に動き出す、東北の米を江戸へ運ぶ舟の道
■ チャプター
0:00 はじめに
1:10 一 締め切られた会の川
2:44 二 7間の溝
4:14 三 10間の溝
6:06 四 地図に無い川
7:46 五 三番堀
9:40 六 村の訴え
11:27 七 27間と2丈9尺
13:17 八 今の地面
15:21 終わり
■ 主な出典
【文献】
・松浦茂樹「利根川東遷」水利科学 46巻2号(2002)
・松浦茂樹「関宿から利根川東遷を考える」水利科学 59巻1号(2015)
・松浦茂樹「近世後半の権現堂堤強化と赤堀川拡幅」水利科学 65(3)
・谷弘「利根川は江戸湾に流れていた」日本海事史学会 Web 例会資料(2020)
【事典】
・コトバンク「伊奈忠治」「伊奈忠克」(日本大百科全書・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典・日本人名大辞典+Plus)
【解説のページ・資料】
・茨城県 内水面支場「霞ヶ浦北浦と利根川の年表1」
・国土交通省 関東地方整備局 利根川上流河川事務所「利根川の東遷」「流域年表」「治水の沿革」・パンフレット
・国土交通省 関東地方整備局 江戸川河川事務所「川のなりたち」・江戸川上流出張所「江戸川誕生の歴史について」(2010)
・国土交通省 関東地方整備局「伊奈一族の治水」
・国土交通省「川と人との関わりの歴史」(審議会資料5-1)・「河川技術の年表」・「日本の川 利根川」・利根川水系河川整備基本方針の参考資料
・農林水産省 関東農政局「印旛沼開発 近代までの開発経緯」・印旛沼二期農業水利事業所/『水土の礎』「流れを受け入れる、関東流」「印旛沼干拓建設事業」
・日本河川協会 第194回『河川文化を語る会』案内(講師 竹村公太郎)
・羽生市「新郷の指定文化財」
・幸手市「巻島清十郎が遺した「権現堂川廃川ノ記」」
・赤松宗旦『利根川図志』(国立国会図書館デジタルコレクション)
・千葉県立関宿城博物館「近世の治水・洪水」
・五霞町「水との闘いの記録」
・国土地理院「1947年カスリーン台風災害と治水地形」
【地図・地形】
・国土地理院 地理院タイル(標高タイル・最適化ベクトルタイル)・標高API・住所検索を加工して作成
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