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【昭和生まれ】戦争中の暮らし 今では信じられない当たり前5選|米穀通帳・灯火管制・学童疎開・すいとん【昭和100年】

昭和くらし図鑑

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【昭和生まれ】戦争中の暮らし 今では信じられない当たり前5選|米穀通帳・灯火管制・学童疎開・すいとん【昭和100年】

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空襲が来ても、町から逃げてはいけなかった。戦争中の暮らしにあった当たり前を五つ。お米を買う米穀通帳、鍋もお寺の鐘も差し出した金属回収、黒い布で隠した電球、子どもだけの学童疎開、そして、すいとん。 九十二歳の伯母は、毎年すいとんを作り、自分のお椀にはお汁だけ。「私は、もう、食べたから」。その言葉には、八十年前の理由がありました。 あなたのお父さんやお母さんの世代が過ごした日々を、当時の国会の記録と公的な資料で確かめながらお話しします。 昭和十六年、お米は通帳で買うものになりました。鉄瓶も、お寺の鐘も国に出し、夜は電球を黒い布で囲む。防空法は、空襲のときに町から立ち去ることを禁じ、子どもたちだけが田舎のお寺へ疎開していきました。 戦争が終わっても、すいとんの夜は続きます。焼けあとから掘り出した、ふちのへこんだ鉄の鍋と、母親がくり返した、ひとつの言葉の物語です。 【目次】 00:00 九十二歳の伯母は、なぜ、すいとんを食べないのか 00:48 はじめに 00:56 ①お米は、通帳で買うものだった 04:04 ②鍋も、お寺の鐘も、国に出した 05:59 ③空襲が来ても、逃げてはいけなかった 08:48 ここで、ひとつだけお願い 09:21 ④子どもだけが、田舎へ行った 11:51 ⑤戦争が終わっても、すいとんは終わらなかった 14:19 伯母が知った、母のうそ 15:38 おわりに 数字と年号は、国会会議録(昭和二十年代〜四十年代の大臣・政府委員の答弁)、総務省・文部省(学制百年史)・東京都の資料、防空法・金属類回収令・金融緊急措置令などの法令に基づいています。 この家族は、昭和によくいた何組もの家族を、ひとつにまとめた姿です。登場人物はすべて架空です。 あなたは、ご両親から、戦争中の話を聞いたことがありますか。すいとんの話、疎開の話、米穀通帳の話。覚えていることを、ぜひコメントで聞かせてください。 ※効果音:効果音ラボ ※当時の制度・数字は、当時の資料に基づくものです。 #昭和生まれ #戦争中 #昭和レトロ