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【香淳皇后】娘を62回見舞われた母――35歳で逝った長女と、最後の化粧直し

皇室史の裏側

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【香淳皇后】娘を62回見舞われた母――35歳で逝った長女と、最後の化粧直し

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香淳皇后は1961年、病に倒れた長女・東久邇成子さんのもとへ、62回にわたりお見舞いに足を運ばれました。 35歳でこの世を去った娘。その死後、皇后は最後の化粧直しにも関わられたことが記録されています。 昭和天皇の皇后として生きた良子さまは、一人の母として、子どもたちとの時間をどのように重ねてこられたのでしょうか。 【この動画について】 1903年、久邇宮家に生まれた良子女王。1924年に皇太子裕仁親王と結婚され、昭和天皇の即位に伴い皇后となられました。 長女・成子内親王の誕生、幼い次女・祐子内親王との死別。そして、皇室の養育制度によって子どもたちと離れて暮らす日々。皇后という立場のなかで、母としての生活も大きく変化していきました。 それでも、親元を離れた娘のもとを訪ね、学校生活の報告を受けられるなど、家族との関わりを続けられました。 そして1961年、成長して五人の子の母となった長女・成子さんが病に倒れます。昭和天皇とご一緒に28回、お一人で34回。繰り返された見舞いの日々は、忘れがたい別れへとつながっていきました。 本動画では、宮内庁が編纂した『香淳皇后実録』などの記録を手がかりに、二人の娘との別れ、戦争と戦後の暮らし、昭和天皇との年月、そして日本画や和歌を大切にされた97年の生涯をたどります。 皇后という公的な立場だけでは語り尽くせない、一人の女性の人生をご紹介します。 【主な参考資料】 ・宮内庁書陵部『香淳皇后実録』巻1(明治36年~大正15年・昭和元年、2025年本文公開) ・宮内庁書陵部『香淳皇后実録』巻2(昭和2年~昭和8年、2025年本文公開) ・宮内庁書陵部『香淳皇后実録』巻7(昭和34年~昭和38年、2025年本文公開) ・宮内庁『昭和天皇・香淳皇后』(公式ご略歴) 【ご視聴にあたって】 本動画は、皇室の歴史と実在人物の生涯への理解を深めることを目的とした歴史ドキュメンタリーです。 公的記録や歴史資料をもとに構成していますが、史料に記されていない心情や出来事の意味については、確認された事実と解釈を区別しながら紹介しています。 人物への敬意と歴史的な正確性を大切にしています。 皆さまは、香淳皇后が母として残された数々の行動のなかで、どの出来事が最も心に残りましたか。 よろしければ、コメント欄でお聞かせください。 「皇室史の裏側」では、華やかな歴史の表舞台だけでは語り尽くせない人々の人生や、家族との関わり、時代を越えて残された物語を丁寧にお届けしています。 こうした歴史のお話にご関心がありましたら、ぜひチャンネル登録をして、次の物語もお楽しみいただければ幸いです。 #昭和史 #昭和天皇 #香淳皇后