【2027年大河 逆賊の幕臣】幕府の600億円の取り立てを72億円にした奉公人―三野村利左衛門のお金の人生
偉人とお金
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【2027年大河 逆賊の幕臣】幕府の600億円の取り立てを72億円にした奉公人―三野村利左衛門のお金の人生
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1866年、江戸の大商人・三井に、幕府から150万両(現在貨幣価値で約600億円)の御用金が命じられました。三井はこの3年間に5回、合わせて266万両(約1,100億円)の御用金を課され、とても払える状態ではありませんでした。
このとき交渉に立ち、150万両を18万両(約72億円)まで下げさせたのが、美野川利八――のちの三野村利左衛門です。もとは旗本・小栗家の中間(奉公人)で、読み書きはほとんどできなかったと伝えられます。彼はこの働きで三井に迎えられ、10年後には日本初の民間銀行・三井銀行を開きました。2027年の大河ドラマ『逆賊の幕臣』では荒川良々さんが演じます。
・7歳のころ父が浪人となり、一家で諸国を流浪。19歳で江戸に出て、深川の干鰯問屋、ついで小栗家の中間に
・25歳で神田三河町の紀伊国屋の婿養子に。妻が作った金平糖を担いで売り歩く暮らしが約10年
・行商で貯めたお金で両替株を買い、小さな「脇両替」を開く
・万延の改鋳(1860年)で、天保小判1枚が「3両1分2朱」として通用することに。小栗家で布令の話を耳にして天保小判を買い集め、小判を担保に借りてさらに買ったと伝わる
・その話を三井にも持ち込み、「紀ノ利」として三井の両替店に出入りするように
・1866年、小栗忠順との縁で御用金を150万両→50万両→18万両(現在貨幣価値で約600億円→約200億円→約72億円、3年分納)に。三井御用所の責任者として迎えられ、三野村利左衛門と改名
・1868年、小栗の失脚を見て三井を新政府側へ。処刑された小栗の妻子は、深川の自邸内に家を建てて終生かくまった
・1871年、新旧貨幣の交換を三井が単独で請け負い、大蔵省兌換証券の発行額の2割を運用する権利も得る
・1872年、家業の呉服店(越後屋)を切り離して三越家へ。同年、自前の銀行用に建てた海運橋三井組ハウス(工事費4万7,601両=現在貨幣価値で約19億円)を、第一国立銀行の本店として約12万8,000両(約51億円)で譲る
・1874年の抵当増額令で小野組・島田組が閉店。三井は英国のオリエンタル・バンクから極秘に計100万ドル(現在貨幣価値で約400億円)を借りて乗り切った
・1876年7月1日、三井銀行開業(資本金200万円=現在貨幣価値で約800億円)。三野村は総長代理副長として実権を握るが、翌1877年2月、開業式にも出られないまま57歳で死去
福沢諭吉は「無学で偉い人は二宮金次郎と三野村利左衛門」と語り、渋沢栄一は「無学の偉人」と呼びました。
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▼チャプター
00:00 三井への150万両を、18万両にした奉公人
00:50 7歳で、浪人の子になる
01:31 19歳で江戸へ。小栗家の中間になる
02:19 紀伊国屋の婿になり、金平糖を売り歩く
03:07 行商のお金で、両替の株を買う
04:00 1859年、開港で金が国外へ流れ出す
04:48 古い小判1枚が、3両1分2朱になった
05:30 小栗家で耳にした話で、小判を買い集める
06:19 三井の番頭が目を付けた「紀ノ利」
07:06 3年で266万両の御用金
07:57 150万両を、8分の1以下に
08:44 40代半ばで、三井に迎えられる
09:26 1868年、小栗の失脚と、三井の乗り換え
10:18 処刑された旧主の家族を、屋敷にかくまう
11:08 新政府の紙幣、太政官札の事務を引き受ける
11:58 新しいお金「円」と、2割を運用できる権利
12:54 200年の家業、呉服店を切り離す
13:55 建てた銀行の建物を、2倍半を超える値段で譲る
14:53 第一国立銀行をめぐる、渋沢との対立
15:35 1874年、抵当増額令で小野組と島田組が消える
16:27 イギリスの銀行から、極秘で100万ドル
17:17 1876年、日本初の民間銀行・三井銀行
18:12 開業式に出られなかった大番頭
18:52 「無学で偉い人」と呼ばれた男
19:36 図解 三野村利左衛門のお金の人生曲線
20:27 150年後、残った名前と残らなかった名前
21:17 まとめ
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▼もっと深く知りたい方へ(関連書籍)
・三野村利左衛門 関連書籍を探す
・三井の歴史 関連書籍を探す
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▼主な参考資料
本動画はオリジナル台本です。以下の資料をもとに構成しています。
・三井広報委員会「三野村利左衛門」「幕末維新と三野村利左衛門」「小栗上野介と三野村利左衛門」「三井の苦難(後編)」「日本初の民間銀行を設立」「三井が建築した日本最初の銀行建築」「渋沢栄一と三井(後編)」「呉服業の終焉と三越の始まり」
・三井文庫「『バンク・オブ・ジャパン』構想」「呉服店の分離」「明治七年の危機」「日本最初の私立銀行」
・荘内日報社「郷土の先人・先覚199 三野村利左衛門」
・NTT西日本 Biz Clip「三井の大番頭三野村利左衛門は学歴なし、中途採用」
・コトバンク「三野村利左衛門」(日本大百科全書・マイペディア・ブリタニカ・日本人名大辞典)
・三野村利左衛門/万延小判/幕末の通貨問題/小栗忠順/三貨制度/三井銀行/太政官札(Wikipedia)
・Japaaan「あの渋沢栄一をして『無学の偉人』と言わしめた、三井財閥中興の祖・三野村利左衛門とは?」
・NHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』出演者発表(2026年4月24日/三野村利左衛門役:荒川良々)
※出生地(鶴岡・信濃)、両替株を買った年(1852年・1855年)、三井に入った年齢(44〜48歳)は資料によって異なります。
※幕末の「両」は、新貨条例(1871年)で1両=1円と定められたことから、明治初期の円と同じ物差しで1両=現在の約4万円としました。幕末は物価の変動が激しく、米の値段で比べるとこの数分の1になるなど、使う指標によって幅が出ます。
※明治初期の円は、巡査の初任給(明治7年4円)と小学校教員の初任給(明治19年5円)を現在の水準(月21万円)と比べ、1円=現在の約4万円としました。1874年ごろの1ドル(メキシコドル銀貨)はほぼ1円です。使う指標によって幅が出ます。
※天保小判の買い占めの話は伝記・三井の史料に伝わるもので、情報の出どころについては「小栗家で耳にした」「小栗忠順から得た」など書き方に幅があります。
※各出典のURLと、どの数字をどの資料で裏づけたかは、コメントでご質問いただければ個別にお答えします。
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▼図版クレジット
本動画で使用した図版はWikimedia Commons経由です(縮小・トリミング・背景加工あり)。
【パブリック・ドメイン】三野村利左衛門の肖像/三野村利左衛門と三井高福/小栗忠順/1860年の遣米使節(Mathew Brady)/歌川国輝『東亰名所ノ内 海運橋兜町三井組為換座五階造之真図』・歌川国利『海運橋第一国立銀行』(早稲田大学図書館)/駿河町三井組(1874年)/三代広重『東京開化三十六景 寿る賀街三井組』(国立国会図書館)/井上馨/大隈重信/渋沢栄一/福沢諭吉/三越呉服店(1914年)/天保小判(As6022014)/金平糖(Yoshibay)
【CC0】葛飾北斎『冨嶽三十六景 江都駿河町三井見世略図』・歌川広重『東都名所 駿河町之図』・歌川広重『名所江戸百景 深川木場』(メトロポリタン美術館)
【クリエイティブ・コモンズ】慶長小判と万延小判(PHGCOM, CC BY-SA 3.0)/太政官札 五両(Heavy Frisker, CC BY-SA 4.0)/三井本館(663highland, CC BY 2.5)
https://creativecommons.org/licenses/... / https://creativecommons.org/licenses/... / https://creativecommons.org/licenses/...
実在の人物の画像はすべてパブリック・ドメインの写真で、AIによる似姿は使用していません。時代の情景はAI生成、お金の人生曲線は当チャンネル作成のオリジナルです。
▼クレジット
音声合成: VOICEVOX:青山龍星
https://voicevox.hiroshiba.jp/
音楽: Deliberate Thought / Kevin MacLeod (incompetech.com)
Licensed under Creative Commons: By Attribution 4.0
https://creativecommons.org/licenses/...
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「偉人金」は、歴史に名を残した偉人たちを「お金」の視点から描く教養チャンネルです。
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