平気でホイホイ嘘をつき続ける人の心理を精神科医が解説します。
精神科医 芳賀高浩
0:00 / 0:00
平気でホイホイ嘘をつき続ける人の心理を精神科医が解説します。
23 468 просмотров · 1 дн. назад
精神科医 芳賀高浩
93,2 тыс. подписчиков
23 468 просмотров · 1 дн. назад
皆さん、こんばんは。精神科医の芳賀高浩です。
今日は「平気で嘘をつき続ける人の心理」について、精神科医の立場から解説します。
皆さんの周りにもいませんか。嘘がすでにバレているのに、それでも平然と嘘を重ねる人。単に大きな嘘をつくとか、小さな嘘をつくとか、そういう話ではありません。誰が見ても嘘だとわかるのに、なお嘘をつき続ける。傍から見ていると、ちょっと異様な感じがするんですよね。
そして、その異様さを理解できないからこそ、かえって目が離せなくなってしまうこともあります。いったいどういう心理で、どういうメカニズムで、嘘をつき続けられるのでしょうか。
こういう話題でよく登場するのが、パーソナリティ症です。特にB群パーソナリティ症には、反社会性、境界性、演技性、自己愛性の四つがあります。嘘をつく背景を考える際、これらの特徴が話題になることがあります。
例えば、境界性パーソナリティ症では、自分というものに安定した感覚を持ちにくく、強い不安を抱えることがあります。対人関係の中で、ある人を持ち上げたり、別の人を否定したりして、周囲を振り回してしまうこともある。私のイメージでは、周囲の人をぐるぐる動かし、その遠心力によって、何とか自分が立っていられるような状態です。
演技性パーソナリティ症では、人から注目されたいという欲求が強く表れることがあります。舞台の中央に立っていたい。そのための手段として、話を大げさにしたり、嘘を使ったりする場合もあるわけです。
自己愛性パーソナリティ症では、自分の価値を保とうとする気持ちが非常に強く、他人を見下したり、自分を大きく見せたりすることがあります。その手段として嘘が使われる場合もあるでしょう。
もちろん、これらは特徴を単純化した説明であり、診断された人が皆そうするという意味ではありません。ただ、強い不安を解消したい、注目されたい、自分の価値を守りたいという動機なら、何となく想像できるところがあると思います。誰だって、不安や承認欲求、自分を守りたい気持ちを持っていますからね。
一方、私が特に考えてみたいのは、反社会性パーソナリティ症に関連する特徴です。嘘をつくことや他人を傷つけることに対して、抵抗感が非常に乏しい場合がある。これを聞いても、「なぜそんなことができるのか」と、なかなか理解できないのではないでしょうか。
そもそも、私たちはなぜ嘘をつくことをためらうのでしょう。大きく分けて、二つの理由があると思います。
一つ目は、嘘によって誰かが傷つくと、その人の悲しみを自分も感じるからです。
例えば、夫が妻に「一生愛している」と言いながら、裏では不倫をしていたとします。嘘が発覚すれば、妻は深く傷つくでしょう。その悲しみを想像すると、胸が痛む。だから、そんな嘘はつきたくないと思うわけです。
これは共感性と関係します。
私は『火垂るの墓』を例に挙げることがあります。戦争の中で食べるものがなく、苦しむ節子の姿を見ていると、本当につらくなる。そして、妹に食べ物を与えられない兄の気持ちを考えても、泣けてくるんですよね。私はあの映画の印象があまりに強くて、今でも戦争を扱った作品を見るのが苦手なくらいです。
他人が悲しんでいると、自分まで悲しくなる。この感情的な共感には、扁桃体を含む脳の働きが関係しています。
ところが、人によっては、他人が悲しんでいることを頭では理解できても、その悲しみが自分の感情には十分響かないことがあります。
自分がいじめられたり、不当な扱いを受けたり、大切なペットを亡くしたりすれば、当然悲しい。しかし、見知らぬ人が交通事故で子どもを亡くして泣いていたとしても、「子どもが亡くなったから悲しいのだ」と理屈では理解できる一方で、自分自身はほとんど悲しくならない。
つまり、他人の気持ちを頭で理解することと、感情として共鳴することは、必ずしも同じではないんです。嘘で誰かが傷つくとわかっていても、その悲しみが自分の中に生じにくければ、嘘をつくことへの心理的なブレーキも弱くなり得ます。
もう一つは、嘘をついた結果、自分が罰を受けるかもしれないという予測です。
先ほどの不倫の例でいえば、発覚すれば離婚を突きつけられるかもしれません。大切なものを失う。そういう将来の不利益を考えれば、多くの人は行動を控えようとします。
ここで重要なのは、「罰を受けると知っていること」と「その罰を予測して自分の行動を変えられること」は別だという点です。
頭では「バレたら大変だ」とわかっている。実際に罰を受ければ嫌な気持ちになる。それなのに、将来の罰を考えて今の行動を抑えることがうまくできない人がいるんです。
このような報酬や罰を手がかりにした意思決定には、前頭前野、特に腹内側前頭前野などが関わっています。目の上からおでこの奥にあたる部分ですね。
人の行動は、報酬によっても、罰によっても変わります。何かをすると快感が得られるから、その行動を繰り返す。一方で、何かをすると嫌な結果が待っているから、その行動を控える。通常は両方の仕組みが働いています。
ところが、目先の報酬には強く引きつけられる一方、将来の罰が行動の抑制につながりにくい場合があります。
極端な例として、他人を傷つけることに快感を覚える人がいたとしましょう。人を傷つけてはいけないことも、捕まれば罰を受けることも知っている。それでも、目の前の衝動や報酬が勝ってしまう。知識がないのではなく、知っていても行動に反映できないわけです。
嘘についても同様です。嘘がバレ始めているのに、さらに嘘を重ねる。その先に社会的制裁が待っているとわかっていても、やめられない。このような背景には、罰を予測して行動を変える働きの問題が関わっている可能性があります。
つまり、考えてみたいのは二つの要素です。他人の悲しみに感情として共鳴する働きと、将来の罰を見越して行動を抑制する働き。この両方が弱い場合、周囲から見ると理解しがたいほど平然と嘘をつき続けることがあるのではないか、ということです。
もちろん、嘘を繰り返す人が全員、反社会性パーソナリティ症というわけではありません。嘘だけで診断できるものでもありませんし、脳の一部分だけですべてを説明できるわけでもありません。
また、嘘を日常的に繰り返すうちに、罪悪感が薄れていくということもあるでしょう。何度も同じことをしているうちに、慣れが生じてしまう。ただ、私がここでお話ししているのは、そうした慣れだけでは理解しきれないように見えるケースです。
どうしてあんなに平然と嘘をつけるのか。なぜ人が傷ついていても、これから大きな不利益を受けるとわかっていても、やめようとしないのか。
それは、私たちが普段当たり前に使っている心理的なブレーキが、同じようには働いていない可能性があるからです。
理解できないものを見たとき、人は不安になります。「何なんだ、この人は。怖いな」と感じることもあるでしょう。けれども、こういう心理や脳の働きが背景にあるかもしれないと知っていれば、少しは冷静に受け止められるかもしれません。
今日は「平気で嘘をつき続ける人の心理とメカニズム」についてお話ししました。
最後にお知らせです。12月10日、私の2冊目の著書『やさしさ後遺症』が発売される予定です。
優しいがゆえに周囲に気を遣い、人の気持ちがわかるからこそ傷ついてしまう。世の中には、ずる賢く立ち回る人が得をして、優しい人ほど損をしてしまうような場面があります。精神科の診療でも、そういう方にたくさん出会います。
では、そうした人たちは、これからどう生きていけばいいのか。そのことを考えて書いた本です。詳しい情報は改めてお知らせしますので、楽しみにしていただければと思います。
私は毎日19時に動画を公開しています。今日も19時30分から2本目の動画が出ますので、ぜひご覧ください。
それでは皆さん、明日も必ず19時にお会いしましょう。また明日。さようなら。