【ブッダの教え】年をとるのが怖くなったとき|失っていくだけではない、という話
ブッダのくすり箱
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【ブッダの教え】年をとるのが怖くなったとき|失っていくだけではない、という話
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ブッダのくすり箱
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朝の駅の階段で、気づくと手すりをにぎっていた。去年までは、持ったことがなかったのに。
ふたが開かない。人の名前が出てこない。これからは、失っていくだけの道なのだろうか。
この動画では、ブッダ自身の一生を、時間の順にたどります。
何ひとつ不自由のなかった若い王子の日。そして、肌にしわがより、夕方の日に背中をあたためていた、老いた日。
ブッダは、その両方を、自分の言葉で語りのこしています。
老いは、つらいものです。けれど、失うことだけではありません。
今日から、ひとりでできる三つのこともお伝えします。楽な姿勢で、ゆっくりお聞きください。
▼ 目次
0:00 オープニング:気づくと、手すりをにぎっていた
2:39 第1章 若い日 ― 三つの屋敷(若さへのおごりが消えた日)
5:33 第2章 酔いが、さめる(「自分だけは別だ」という酔い)
8:24 第3章 老いた日 ― 西日の背中(若さの中に、老いがある)
11:06 第4章 古びないもの(体は古びても、行いは古びない)
13:58 第5章 今日からできる、三つのこと
16:11 まとめ
▼ こんな方へ
・階段や段差で、体のおとろえを感じるようになった
・できないことが、これからふえていくと思うと、怖くなる
・鏡やガラスに映った自分を見て、はっとすることがある
・「まだまだ若いですよ」と言われても、気持ちが晴れない
・年をとることを、失っていくだけのことだと感じている
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🌿 ブッダのくすり箱
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不安、怒り、人間関係、考えすぎ。
心が疲れたときにそっと開ける「くすり箱」のように、
2500年前から伝わるブッダの教えを、やさしい言葉でお届けします。
今日のあなたに合う「ひとつ」が見つかりますように。
▼ チャンネル登録はこちら
/ @buddha-kusuribako
▼ 大切なお願い
この動画は、仏教の教えをもとにした心のヒントをお届けするもので、医療・診断に代わるものではありません。
また、「年のせいだから、がまんしましょう」という内容でもありません。
急にふらつくようになった。もの忘れが、目立ってふえた。
眠れない日や、気持ちがしずんだままの日が、つづいている。
それは、老いではなく、治せる病気の知らせかもしれません。「年だから」とひとりで決めてしまわずに、かかりつけのお医者さんや、相談窓口を頼ってください。
暮らしの中の困りごとや、介護の心配も同じです。
今すぐ身の危険があるときは、110番や119番に通報してください。
・地域包括支援センター(高齢のかたの暮らし、介護、もの忘れなどの相談。お住まいの市区町村にあります。厚生労働省の案内ページ)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunit...
・認知症の電話相談(公益社団法人 認知症の人と家族の会。もの忘れや認知症の心配、介護の悩みの相談)
https://www.alzheimer.or.jp/?page_id=146
・よりそいホットライン 0120-279-338(どんな悩みでも相談できる電話。通話無料)
https://www.since2011.net/yorisoi/
・まもろうよ こころ(厚生労働省 電話・SNSの相談窓口の案内)
https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/
▼ この動画で取り上げた教え
経典の内容を、わかりやすい言葉に言い換えてお伝えしています。
・若い日の回想(三つの屋敷、三つの蓮の池)と、若さ・健康・いのちへの三つのおごり:増支部経典
・夕方の日に背中をあたためるブッダと、弟子アーナンダの問答(「若さの中に、老いがある」):相応部経典
・「うつくしくかざられた王の車も古びる。けれど、善い人の徳は老いることがない」:法句経(ダンマパダ)
・ブッダが八十歳まで生き、最後の年まで旅をつづけたこと:大般涅槃経
※「おごり」と訳されるもとの言葉には、「酔い」の意味があります。この動画では、その「酔い」という読みを中心に置いています。「自分だけは別だと思っている」「酔いのほうをおろしなさい」という説明は、この動画での言い方で、経典の言葉そのままではありません。
※「酔いがさめると、人が見えるようになる。人にやさしくなれる」は、この動画での読み取りです。経典が語っているのは、「自分も老いる身なのに、老いた人を見ていやがるのは、ふさわしくない」というところまでです。
※若い日の回想と、老いた日の問答は、べつべつの経典にあります。「若い日に気づいたことを、老いた体でたしかめている」「ブッダはあわてていない」とつないだのは、この動画での読み取りです。老いた日の経典には、ブッダの年齢は書かれていません。
※老いた日の問答のあとには、老いを「いとわしい」と呼ぶ詩がつづきます。この動画では、そのはじめの部分だけを紹介しています。
※法句経の「徳」は、もとの言葉では「法(教え)」です。「その人がしてきた行い」と受けとったのは、この動画での言い換えです。
※「怖さの半分は、若い日から持ちこしてきた目」という説明、手すりのたとえ、冒頭の駅の階段の場面、今日からできる三つのことは、説明のための工夫で、経典の言葉ではありません。
※老人・病人・死者に出会って城を出る、というよく知られた物語(四門出遊)は、後の時代の伝承のため、この動画では取り上げていません。
▼ クレジット
音声:VOICEVOX:夜語トバリ
BGM:Tiburtina / Schwartzy(YouTubeオーディオライブラリ)
写真:Pexels
※ナレーションは音声合成ソフトで作成しています。
#ブッダの教え #老い #年をとるのが怖い #仏教 #心が軽くなる