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【久保田早紀】144万枚売れた5年後、26歳で全てを手放した

語られなかった昭和

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【久保田早紀】144万枚売れた5年後、26歳で全てを手放した

608 просмотров · 2 недели назад
語られなかった昭和
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【久保田早紀】144万枚売れた5年後、26歳で全てを手放した 「異邦人」 昭和54年、1979年に発表されたこの曲は、日本中に流れました。 けれど、この曲の歌詞のほとんどは、実は、彼女自身の言葉ではありませんでした。 彼女が本当に書きたかった原曲から、たった1行だけが、書き換えられずに生き残ったのです。 「私を置き去りに過ぎて行く」 デビューから、わずか2ヶ月ほどで、オリコンチャート1位を獲得。 最終的な売り上げは、144万5000枚。 けれど、それから5年後、26歳になっていた彼女は、その成功のすべてを、自ら手放すことを選びます。 なぜ、彼女はそのような決断をしたのでしょうか。 そして、「久保田早紀」という名前は、今、どこにあるのでしょうか。 今日は、たった1行だけ残された、彼女自身の言葉を辿りながら、その人生をゆっくりと辿ってまいります。 ━━━━━━━━━━━━━━━ 【本編で取り上げる主な事実】(公開されている報道・本人のインタビュー等に基づく) ・1958年5月11日、東京都生まれ。本名・久保田小百合(結婚後は久米小百合) ・4歳からクラシックピアノ、6歳から日本舞踊を習う音楽一家で育つ ・共立女子短期大学在学中、中央線の車窓から見た風景をもとに「白い朝」という曲を作詞作曲 ・プロデューサーの判断により、歌詞・タイトル・編曲が大幅に変更され、「異邦人 -シルクロードのテーマ-」として1979年にデビュー ・原曲の歌詞のうち、「私を置き去りに過ぎて行く」という1行のみが、書き換えられずに残ったと伝えられている ・発売から約2カ月後の1979年12月10日、オリコンチャート1位を獲得。売り上げは144万5000枚 ・本人は当時「久保田早紀という名前の暴走列車から降りられなくなった」と振り返っている ・1980年頃からプロテスタント教会に通い始め、ゴスペルシンガー・小坂忠さん、元ゴダイゴのスティーブ・フォックスさんらと出会う ・1981年、キリスト教の洗礼を受ける ・「久保田早紀というお店のシャッターを降ろさない限り、前に進めない」と、当時の心境を語っている ・1984年11月26日、東京・九段会館でのコンサートを最後に、26歳で芸能界を引退 ・1985年3月、音楽家・久米大作さんと結婚(義父は声優・久米明さん) ・引退後は本名の「久米小百合」として、東京バプテスト神学校で学び、音楽伝道者としての活動を開始 ・現在も、音楽と言葉、絵画を組み合わせた「チャペルコンサート」を各地で続けている ━━━━━━━━━━━━━━━ 【語られなかった昭和】 このチャンネルでは、あの時代を生きた方々の、 あまり語られてこなかった人生の物語を、 静かな言葉でお届けしております。 もしよろしければ、チャンネル登録をお願いいたします。 これからも、こうした物語を、皆様にお届けしてまいります。 ━━━━━━━━━━━━━━━ 【ご視聴にあたって】 本作品は、Wikipedia、月刊いのちのことば、まいどなニュース、記憶の記録LIBRARYをはじめとする、複数の公開されている報道・インタビュー記事に基づいて構成しています。歌詞の変更経緯やご本人の心境については、断定的な表現を避け、「〜と伝えられています」「〜と語っています」という表現を用いることで、確認された事実と、そうでない情報を区別しております。久保田様、ならびに関係者の皆様のプライバシーに配慮し、公表されていない情報は扱っておりません。 この物語が心に響いたなら、大切なご家族やお友達と分かち合ってください。 あの時代をともに過ごされた方との懐かしい語らいのきっかけに、 あの時代を知らないお子さんやお孫さんに伝えるきっかけになれば幸いです。 最後までご視聴いただき、誠にありがとうございました。 #久保田早紀 #異邦人 #久米小百合 #昭和歌謡 #語られなかった昭和