なんでなんでライブー支援者の在り方編ー第2回
学びの芽育
0:00 / 0:00
なんでなんでライブー支援者の在り方編ー第2回
4 просмотра · 5 дней назад
学びの芽育
63 подписчика
4 просмотра · 5 дней назад
なんでなんでライブ
7月に行った「心のケアの在り方編」改め「支援者の在り方編」として第2回目を始めます。
このテーマは、福祉×法務で活躍されている長島愛さんとのお届けです。
この夏、お互いがもやもやしたことなどをもとに「なんでなんで」からえんがわトークします。
支援の軸はどこなのか?
誰のための、何のための支援なのか?
「支援してあげる」っていう言葉…
などなど、私の理念にも直結する話題を…
配信を終えて・・・🍁🍠🍵
誰のための支援なのか?
支援のための支援になっていないか?
常に自身と対話する心の持ち方が支援者にも教育者にも大切だと改めて感じたえんがわトークでした🍁🍵
福祉でも教育でも医療でもおきがちなこと
それは、「本人不在」
さんざん方針を話した後に
「それで、本人はどう言ってるんですか?」
ときくと、
「知りません」「きいていません」
そう返ってくることって少なくないです。
それは教育の場面だけでなく、福祉や医療従事者からもきくことがあります。
そこには子どもという弱者、障害がある人という弱者、病気の人という弱者を守ろう、サポートしようという善意から「こちらで環境を設定してあげよう」という気持ちなのかもしれません。
とはいえ、相手にも意思があって、気持ちがあります。
子どもであれ、障害のある人であれ、感じること、考えることができる。
そう考えた時、「本人の意思」をきかない支援も教育も、あり得ないこと。
そうなっていたとしたら、それは支援者・教育者側の独りよがりのもの・・・。
「こうしてくれた方が支援しやすい」
「こうしてくれた方がサポートしやすい」
障害手帳を取得した方が作業所につなげられる、施設入居という選択肢ができる、各種社会資源につなぎやすい、ケースワーカ0と話が進めやすい・・・
そういうサポートする側の事情や
手続き上、客観的に合理的な要件があるのも事実。
とはいえ、障害手帳取得はとてもセンシティブな問題でもあることも見落としてはいけない。
特に年齢の高い方は障害や福祉への理解がない社会背景・文化・風習で育ってきていて、その手帳を取得することが、著しくその人の自尊心を傷つけるのだとしたら、どんなに合理的なものであったとしても、その人の尊厳を傷つけるに足るかどうかは、本人の意向を確認し、きちんと判断しなければならない。
そして、同時に、支援の現場においては、支援を受ける側が支援者に感謝をしていればしているほど「あんたの言うことなら…」となって、「自分の気持ち」を押し込めてしまう場面もある。
私自身も、福祉職時代にそういう経験がいくつかありました。
そういった事例をもとに、「支援者の在り方」について
なんで手帳を取得すべきなのか?
なんでその支援が必要なのか
など「なんでなんで」の視点でお話ししました。
いずれの場合にも共通して言えるのは「本人主体」
本人が自分の意志を持って、主体的に自分の人生に判断・決断をできているか。
その視点を忘れてはいけない。
そして、相手が「いうことをきかない」という状況のとき、
いうことをきかない相手に問題があるのか
いうことをききたくなるようなことを言っていない・していないこちら側に問題があるのか
相手にその原因と責任を着せて考えるのではなく、
常に「なんでこうなるのか?」を自分に矢印を向けて考えること。
なんで伝わらないんだろう?
なんで〇〇しないんだろう?
なんで自分の気持ちを言えないんだろう?
○○は本当に必要なのかな?
そんな日々の「なんでなんで」から始まる問が学びの入り口
「なんでなんで」から始まる問が課題解決の入り口
あなたの「なんでなんで」が、相手を大切にすることになる
あなたの「なんでなんで」が、相手にとって本当に必要なことを教えてくれる
あなたの「なんでなんで」が、あなたの支援者としての在り方を築く
そんな支援の現場、教育の現場、人が人をサポートしたり教えたりする現場の日常にある「なんでなんで」から、私たちの在り方を考える「支援者の在り方編」は、今後、数か月に1回くらいのペースで配信していきます🍵
次回は12月2日(水)12:00過ぎ~の予定となりました🍊🍵
次回はコメントで田中かづみさんも参加予定!🍙🍵
あなたの日々に眠る「なんでなんで」と共に、冬のお昼のいつものえんがわでお待ちしています🍙🍵🍊