欧陽菲菲「ラヴ・イズ・オーヴァー」3回発売するも売れない→1位、大ヒットした奇跡の物語
音楽語りカセットくん
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欧陽菲菲「ラヴ・イズ・オーヴァー」3回発売するも売れない→1位、大ヒットした奇跡の物語
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1979年の夏、歌謡曲がテレビを支配していた日本で、ひっそりと一曲のバラードが生まれました。
それが欧陽菲菲の「ラヴ・イズ・オーヴァー(ラブイズオーバー)」です。
今では別れの歌の定番として、スナックでもカラオケでも世代を超えて歌われる一曲ですが、
発売当時はB面スタートの埋もれた1曲に過ぎませんでした。
それでも、ネオンが滲む夜の街では違いました。
六本木のクラブや地方のスナックで、ママたちがこの曲を好んで歌い続け、
「この曲いいね」「沁みるね」という口コミだけで、少しずつ静かに広がっていきます。
スタッフも欧陽菲菲も諦めきれず、A面での再発、アレンジ変更と、3度のリリースに挑戦しながら、
それでもヒットには届かない時期が続きました。
迎えた4度目の挑戦で、ようやく風向きが変わります。
1983年、ジャケットを変えたシングルが再発売されると、
長年の地道なプロモーションと、ステージで歌い続けた積み重ねが一気に実を結び、ついにオリコン1位を獲得。
「ラヴ・イズ・オーヴァー」はロングヒットとなり、何度も別れと再出発の場面を彩る“国民的バラード”へと育っていきます。
この動画では、
・台湾生まれの歌姫・欧陽菲菲が「雨の御堂筋」で日本デビューし、紅白歌合戦まで駆け上がるまでの道のり
・ディスコ全盛期の中で埋もれた「ラヴ・イズ・オーヴァー」が、夜の店やスナックのママたちに支えられて広がっていく過程
・B面→A面→アレンジ変更→ジャケット変更と、三度の失敗を超えて挑んだ“ラストチャンスの4度目リリース”で大逆転する瞬間
・別れの歌なのに、聴く人の心をそっと支える「ラヴ・イズ・オーヴァー」の歌詞とメロディの秘密
「ラヴ・イズ・オーヴァー」は、数えきれないほどカバーされていきます。
美空ひばりが歌い、玉置浩二が圧倒的な歌唱力で響かせ、
鈴木雅之が大人の色気で歌い上げ、やしきたかじんが大阪の空気とともに絞り出す。
つるの剛士や宮迫博之がテレビでカバーし、
カラオケではプロ・アマ問わず、多くの人が自分の別れや人生と重ねて歌い続けてきました。
こうして「ラヴ・イズ・オーヴァー(ラブイズオーバー)」は、欧陽菲菲の代表曲であると同時に、
日本の歌謡史そのものに刻まれたスタンダードナンバーとなったのです。
誰かを見送った夜、もう戻れない恋を思い出した瞬間、
この曲を聴くと、胸の奥にしまっていた感情がふっと顔を出す。
あなたにとっての「ラヴ・イズ・オーヴァー」の思い出や、
お気に入りのカバー歌手がいれば、ぜひコメントで教えてください。